2100年の生活学 by JUN IWASAKI

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2026.7.17

金曜日。友人のStenが仕事をクビになったという。厳密にいうと、契約更新がなされなかったのだそうだ。仕事ができないのは、もちろん個人の問題であるが、同時に学生が働くような環境においては、仕事の魅力ーそれは時に楽しさと呼ばれ、時に学びなどと呼ばれるようなものーを与えてこなかったマネージメントの問題とも言えるだろうし、その人を教育するようなことをしなかったことも問題である。以前、Comme des Garçonsで働いている時に、何も教えようとしない男性上司にさらに彼の上司が、「色々と教えてあげないと誰もついてこないよ」と言っていた。それに対して男性上司は「会社は学校じゃないんだから教えてやる必要なんてない」と言っていた。その時は、「教える必要なんてものはない、背中を見て育て」というようなことだとぼくは理解したのだが、それらの考え方は仕事の環境に依存しているような気がした。学生には教えてあげる必要があるし、Comme des Garconsのようなここでしか働きたくないと思っているような人が集まる場所であれば、背中を見て育つだろう。
ぼくは、仕事を辞めるというのは理解できるが、働きたいと言ってやってきた人を一度雇ってクビにするというのがあまり理解できない。色々と言いたいこともあるし、個人的な問題すぎてなかなか言葉にするのが難しく、もどかしいのだが、多くの場合、人間が作り上げたはずの構造やシステムに弱者は搾取される。弱者の弱さを憂う時、村上春樹の卵と壁の話をいつも思い出す。たとえ、それが綺麗事だとしても、ロマンチックさを求める行為だとしても、それでも卵側に立ちたい。


2026.7.16

木曜日。また追加支払いを知らせる青い封筒が届いた。何か間違えているのではないかと思うほどの請求金額があり、異議を申し立てようもAIBotとの無力な戦いがあり、メールしても返事が来ない。返事が来たとしても、親身になるわけでもなボーディングクラスで教えられたように定型文の返答があり、イレギュラーを受け入れるということはない。社会は破綻しているのではないか、そんな社会の中で真面目に自分の存在や生の意味や、人生の中で得られるものを自分はきちんと受け取ることが出来るのかを真摯に実践することは可能なのだろうか。そもそもそんな疑問が生まれる社会や環境というのは不健康だとぼくは思う。

2026.7.15

 水曜日。ずっと裾上げをしないといけないと思い棚に入れっぱなしにしていたパンツの裾上げに行く。日本だとどこでもできるような気もするが、この海のある田舎町では、探さないといけないし、言い値であり、また、1週間を待たされる。別に1週間かかるのであれば、受け入れて1週間待つが、日本で1時間で仕上がるものがなぜこの国では1週間かかるのだろうか。一度得たものを捨てて新しい価値観を受け入れるというのはなかなか苦労するものだと、もう3年目になったこの国での暮らしを憂いている。3年の空白のような時間を30代の後半に過ごしているわけだが、本当に自分にとって意味のあることなのだろうか。価値がないことをしていることの価値や、意味のなさの魅力、正しくない弱者の意見の立場に立つ、失敗という大きな後ろ盾、みたいなものを少し脇に置いたとして、20歳くらいから無形物を求めるように、自分の中で形になり始めた有形のものを破壊するような感覚で生きてきたはずだったが、今、暗闇の中の濁流に飲まれたかのような感覚で右も左もましてやそこに出口があるのかすらわからないようなーしかしその中ではっきりと感じているのは確実に死に向かっているという全ての人間の持つ儚さー生活をしているが、家も子供もなく、少しの心の余裕を与えるほどのお金もなく、袋小路のような生活の中で、過ぎ去る日々を誤魔化すように生きてはいないだろうか。無形に憧れながらも、何かを掴むことを目指し掴んだ有形のものを捨てる行為と、有形のものを最初から諦め、曖昧な無形を信じるのでは姿勢が全く違うのだ。ぼくは、前者であったがいつしか後者のような都合の良い自己解釈によって自分の人生を固めてはないだろうか。
5つのスーパーに立ち寄り、そのうちの1つのアジアンスーパーで豚しゃぶ用のお肉を買い、そのうちの一つのターキッシュスーパーで捌きたてのチキン胸肉とレバーとハートを買い、そのうちの一つのオーガニックスーパーでグラスフェドビーフのステーキを買った。ただ買い物の中毒と言えるような買い物をして無駄に時間を過ごしているような気もするが、自分が望むものを、あのお店のあれが美味しいというものを買う姿勢は昔から全く変わっていないし、いつもこうやって時間を無駄にしているのだが、ぼくにとってはこれをしない人間はショートカットしているのではないかとも思う。それがある海のある田舎町ではアジアンスーパーで、ターキッシュスーパーで、オーガニックスーパーであっても、違う街でジャム屋でジャムを、チーズ屋でチーズ、また違う街で豆腐屋で豆腐を珈琲屋でコーヒー豆を買うのと何が違うのだろうか。ぼくにとっては「その場所の自分の好きなあれ」を求めることが自分が集積した無形のものの角を研ぎ鋭くする行為でもある気がしてきた。とにかく丸くならないこと、それが無形であっても。
祇園祭が前衛と歴史を兼ね備えた美しい街で行われている一方、祇園祭のない街では戦争が行われ、また違う祇園祭はないが海のある田舎町では苦悩が堂々巡りをしている。

2026.7.14

TilburgにあるDe Pont Museumへ。Steve McQeenの展覧会『ATLAS』。帰り、駅前ので電車までの時間を潰しながらああだこうだと話して帰宅。帰宅してスペインvsフランスを観戦。この大会でまざまざと見せつけられていた超人的な個人の選手が問題を解決するというのではなく、フットボールは個人競技ではないぞ、フットボールは超人的個人を不要とする意思と特徴のある個人の集まった団体競技だと、フットボールの勝利を見たような気がして興奮してしまった。個人が締め出され、問題すら起きずに、匿名的になってしまった場合に、匿名の個人が何か強く力を発揮するのがとても難しいという問題を見せられたような気がした。匿名になるべきではないということでもあり、超人的な個というものを求めすぎる社会への反骨心をみた。そんな風に勝手な物語を読み解くと、寝れずに結局明け方30時ごろ(4)まで起きていた。決してそれだけが起きていた理由ではないのだが。

2026.7.13

 日本代表の敗戦から2週間ほど経ち、全くニュースなどをみていなかったが、「大会中はエゴを消せ」という話があったという記事を見た。エゴを消せは、ナショナリズムではないか?日本人である前に個人でありたいし、根がなくなった海外生活者にとって、日本とはないしは日本人としての自分とはを考え意識するがゆえに、日本であることや日本人であることを自分の特徴のように捉え過ぎているのではないかと思てならない。ぼく自身も、時に日本人であることを意識しすぎるがゆえに、日本の話をしすぎている気がするし、ある種言動や行動に「日本人なんだからこうするべきだろう」というステレオタイプみたいなものが、他者の目にある偏見ではなく、自分が自分の行動を制限するという点において降りかかっているようにも思う。日本人あるが日本人である以前に個人であるべきだろう。
日本代表の「大会中はエゴを消せ」の本当の意図を深くは知らないが、ナショナルチームのために戦う上で日本人の良さは献身性であったり団結力である、というようなことを言わなくとも自分の中に存在するものとして、個人がありたいと思う。生きるということにおいてまばたきすることを語らないのと同じように、だ。

2026.7.12

聖子ちゃんが大衆の前で色々な男性と乱れているのをそれから目を塞ぐという夢で目が覚めた。そんなことが実際に起きるとは考えにくいし、本人もそれを望まないだろうが、夢としてぼくの中に訪れたのは事実である。現実や見たくないものから目を塞ぐなということを示唆しているのだろうか。ぼくは、大体において悩んでいることを解決しようとしているのか、堂々巡りをしてうだうだと考えているだけなのか、ただ勇気がなくてそこに深く取りかかろうとしないのか、とにかくいろんな感情の中で生きすぎていて自分でも自分の正しい姿が雲隠れし始めているように思えてならない。

2026.7.11

Margurette DurasSIX FILMS』読了。
天気がいいので、5つある窓を全開にして太陽の光を部屋に取り込んでいるとふと何かを思い出すような感覚が訪れた。ほんの少しの気の利いた家具しかない空っぽの部屋でひたすらに本を読み、ランニングをする、少量の質の良い食事をする。ぼくはそんな生活に憧れている。それができるような精神力と金銭的な充足を持ちたいというような話を聖子ちゃんにしていると、「それがみんなが憧れてる生活って今まで気付いてなかったの?それがしたいけどみんな仕事してるんだよ」と。20時半からランニングののち、イングランドvsノルウェー。このフットボールをすると勝つべきはイングランドだと思わされるような戦いぶりだった。

2026.7.10

 12時半にランニングに出かける。いつもよりもかなり走りづらい。東京にいた頃は朝走ってから出勤というリズムを保っていたが、あれからもう7年くらいが経ち、ぼく自身の身体の変化もあり、日中の暑い時間のランニングはかなり堪えることがわかった。ビーチまでの往復で8km程度。22時よりFilmhuis Den Haagで ケイン・パーソンズ監督『Backrooms』鑑賞。若干20歳でこれが初監督作品。映画を勉強しているPascaleらがなかなか興奮気味に話してくれたので、割と期待を持って、そして、気味が悪いという前評判もあり若干構えて鑑賞したが、これがデイビッド・リンチやキューブリック的なものと比較されるのは、ぼくはどうも好まないと思った。「伏線のようなもの」が張り巡らされているだけで優越感を求める考察好きたちが共鳴するだけの映画なのか、もしくはぼくが持ち得ないインターネットと共に育った世代の持つ特有の感覚を有する映画なのか、かなり難しいと思ってしまったし、壮大なテーマを抱えようとしているが故に届くべき場所に行きつかずに終わったような感覚もあった。映画の内容ではなく、ケイン・パーソンズという作家に共鳴したことは確かである。そして、A24が彼のアイデアを買い取らずにディレクターとして起用していることは明らかにポジティブだと思ったが、A24が彼にここまでの機会を与えることが本当に作家としてのパーソンズに良かったことなのか、ぼくにはそう思えない。キューブリックの処女作『Day of the Fight』も、長編処女作『Fear and Desire』も借金をして制作している。リンチも同様に『Eraserhead』制作に5年を費やし、新聞配達をしたり、短編映画を撮ったりしながら長編を完成させた。その5年間は子供が生まれたタイミングもあり、工業地帯に購入した家で「暴力、憎悪、不潔」に満ちた雰囲気の中で暮らしたというのが逸話であるが、その貧困地帯での経験が、『Eraserhead』の世界にきちんと反映されているようにも見える。処女作がこうあるべきだという話ではなく、そうあった人たちの作品とこれらが比較されるのは、観客を浅い満足感で満たしてしまうのではないかと思うのである。ぼくはA24をこの時代における警戒するべき存在と否定的に捉えているのだが、この映画も同様にぼくにはそのように見えてしまった。
映画を映画館で観るということは、映画館に行くまでの高揚感とか、それまでも含まれるのであればこの映画は明らかにマーケティングに成功した映画だと思う。良い映画だけが良いわけではないし、時にそして多くの場合に悪いとわかっていながらもその立場にいることの態度も示すべきだ。

2026.7.9

 そういえば、書くのを忘れていたが、昨日オリヴィア・ワイルド監督『The Invite』を観た後に、同じ回を見ていた時々映画館で遭遇するぼくが苦手なブラジル人の男性とまた偶然に遭遇した。彼はたくさん話したわけではないのにいつも友達のように接してくれるので、ありがたいといえばありがたいが、いつも高圧的で、何かを押し付けられるようで好きになれない。そんな彼からヴィム・ヴェンダース『Perfect days』が好きだと言われた。ぼくは、あの映画が好きではないことは何度かここでも書いたと思うが、全てが正しいと描かれる教育番組のようだとその話をしたところ、「君はバイアスがかかっている、もっとフラットな目を持つべきだ」と言われた。彼のその言葉もまたぼくを諭すようで、偽善の正義感の上にのみ成り立つような佇まいがどうも癪にさわり、別れの挨拶をして映画館を出た。帰り道に、頭からそのことが離れず若干むかついたこともあって、バイアスについて考えていた。カタカナで誤魔化さずに日本語にするならば、偏見や先入観であり、彼のいうバイアスとは、ぼくはヴィム・ヴェンダースに対して偏見や先入観を持っているということだったのか、それともぼくが日本の美徳や美意識について偏見を持ちすぎているということだったのかと考えていた。そんなこと以上に、ぼくはおそらく偏見や先入観のない社会は望まないだろう。コントラストは偏見や先入観によってのみ運ばれるわけではないとしても、コントラストを持った社会の姿をぼくは好む。その偏見や先入観こそがものに対峙するときに一つの角度を与えるものとなるし、その人なりのものの見方になるのではないだろうか。もちろん偏見のない目を持つことは時に特に大事なことだろうが、均一化する社会において個人の尊厳を守るのであれば、バイアスがかかった人間をバイアスがかかったままにしておくことが一番であり、それがもし良くても悪くても、ぼくは個人の尊厳を守ることを優先したいと思う。

2026.7.8

パリ期間は走れなかったもの、先月から始めたランニング、リズムを掴んだのか、調子が出てきた。Satisfyのプロモーションビデオで流れていたTV not on the radio 『Wolf like me』を聴いているとどんどん足が回る。今日も8kg。
夜、Filmhuis Den Haagで、『The Invite』鑑賞。A24制作のオリヴィア・ワイルド監督の新作。脚本はウィル・マコーマックとラシダ・ジョーンズ、音楽はDev Haynes。エンターテイメント映画を映画館で久しぶりに観たが、観客の笑いに冷めることもあれば、誘われてしまうこともあり、エンターテイメント映画は映画館で観るのも楽しいと思った。映画体験としてはなかなか良いものだったが、その笑いの使い方が、どうもA24っぽい感じや、多くの人が笑えるネタという掴みのポイントが浅いような気がして、ちょっとゲンナリした。それは海外で友達を作るのに、エロの話やドラッグの話をすれば仲良くなったりするというようなものに近い。実体験として、そのようなものを挙げるが、実際はそんな会話なくとも仲良くなる方法は山ほどある。例えば、天気とか週末の話とかスモールトークのようなものも同様である。


2026.7.7

火曜日。今日もビーチまでランニングをして海に飛び込んでまたランニングして家まで帰る。家からビーチまでの往復はおおよそ8kg弱の距離だが途中で海に入るのでランニングの再開にはちょうど良い距離とリズムを維持できている。アルゼンチンvsエジプトを観戦。エジプトの完成度の高いカウンターに、勇敢さと貪欲さの失われた自チームのスウェーデン戦とブラジル戦を思い出し、エジプトを応援する人たちとそのチームを羨ましく思った。なぜあれほど勇敢だった2022年を経て、よく似たメンバーで挑んだのにも関わらず我々のチームは勇敢さや貪欲さを失ったのだろうか。

2026.7.6

スペインvsポルトガル。中盤を制圧したものが勝つと思っていたが、そんな簡単は話ではなく一人の勇敢でチームが頼りしていた選手の怪我により一気にチームが崩れ始めたように見えた。人間は、物事に物語を見ようとする生き物だとぼくは思うが、この試合も多くのみんなが物語を見ようとした、新世代のヒーローvs散り行くスーパースター、ラミン・ヤマルvsクリスチアーノ・ロナウド、という構図は本人たちは全く気にする素振りも見せなかった。大体において他者や鑑賞者は物語を見出そうとするのである。それは絵画や写真を見るときにも同様に、である。

2026.7.5

夕方、ランニング。帰宅してノルウェーvsブラジル。勇気を失った者は、敗北するということをブラジルの試合運びを見て思った。ハーランドという優れた才能が真ん中でずっしりと待ち構えているという物質的な恐怖もありながら、決して物質が直接的に与える恐怖だけではなく、自分自身の中から生まれる恐怖、例えば失ってしまうことやこうなってしまうのではないかという不安と強く絡み合う恐怖、そんなものが人間が本来持ち合わせる勇敢さを削いでいるように見えた。そして、ブラジルは2-0の完敗を喫したのである。

2026.7.4

作品のサブミッションのために文章を書いている。じっくりと作品を見て、散歩したりしているとやっと文章になってくることがあるが、お風呂に入ったり散歩したりすると頭が冴えるのはなんでだろうか。
ぼくは、近年、主に霧やカーテン、窓枠、壁、ドアなど、視界を遮るものを題材にした写真を撮っている。もちろん、それらの主題は長く自分の無意識のうちに存在し、ぼく自身がそうしたものを撮り続けていることもある写真を継続して買ってくれている方にも指摘された。特に霧やカーテンは、ぼくの作品の中では物事を隠す存在として立ちはだかり、また、向こうを隠しつつも垣間見せ、特に閉じられたカーテンは隠されたものを見ようとする欲望を示唆している。そのような構図は、鑑賞者に自らのまなざしを自覚させ、鑑賞者の想像力をかき立てるのではないかと思うのである。見えないものを見ようとする欲望は、絵を見るという行為の前提さえをも問い直してくれるのではないかと思う。同時に目に見えないものへの恐怖に立ち向かう勇気を与えてくれる。ぼくの敬愛する大江健三郎は、「監禁されている状態、閉ざされた壁の中に生きる状態を考えることが、一貫した僕の主題でした」と話していたが、ぼくは彼のアイデアに多く共感していて、どのように閉鎖的な社会の中で未来に光を見るか、前に向かって進めるか、作品発表を通じて表現したいと思っているのだ。夜、じっくりとゆっくりランニング。

2026.7.3

朝早くに海のある田舎町に到着。パリから帰って、一日中疲弊していた。2年前にこの海のある田舎町に引っ越して以来、この夏は最も季節の移ろいを感じ、見たことがないほど嘘みたいな晴れが続いている。暑いといいながらも、それがとても心地よいし、家にある5つの窓を全て開けっぱなしでいられることの喜びを感じている。やはり扉が開かれているというのはいい。扉が開かれた作品を作りたいし、そんなメンタリティーで生きていたい。暑い暑いとみんな文句を言っているし、暑いことを想定されずに何百年前に作られた土地に住む人々は、文句ではなく忍耐を覚えなければいけない。暑いならどうするか、人間が主体すぎる社会においては文句が増えるのではないかと思えてならない。冬にあれだけ分厚い雲間から漏れるような弱々しい太陽を求めてブランケットとダウンを着て太陽を浴びようとするのだから、実際には天気がいいのだから誰も文句は言えない。シモーネ・ヴェイユ『An Anthology』を読み進める。


2026.7.2

 朝、FedericoとAmbraと家の近くの57 grains Coffee Shopでコーヒー。帰りFedericoの家に少し立ち寄る。P1でクロワッサン、Epi_Epicerieで野菜とフルーツを家で仕事を続けるDonimikaに買って帰る。朝から晩まで家から出ずに働いているので、働きすぎて心が病まないか心配である。犬でもいればまた違う生活になるのだろう。BrunoとChez Nenesseでランチ。作品について少し話す。今日はフレンチフライの日らしく、前菜にエビとアボカドのサラダ、メインにステーキとフレンチフライを食べる。
その後、マルセル・デュシャンが住んでいた11 Rue Larreyへ。このところぼくはずっと開いた扉について考えていて、リサーチの過程で知ったマルセル・デュシャンが作った扉の作品11 Rue Larreyからかなり影響を受けているので、実際にそれがあった場所に来たいと思ったのだ。閉じられた扉とは、道を塞ぐものであり、開かれた扉とは道になる。そして、少し開かれた扉からは光が漏れ、未来への希望を示唆する。ざっくりと言えばぼくはそんなテーマで作品を作ろうと思っているのだが、まあうまく形にならない。フランス語の諺に、Il faut qu'une porte soit ouverte ou fermée(扉は開いているか閉まっているかどちらかでないといけない)というものがある。要は、白黒はっきりしましょうというものだと思うが、マルセル・デュシャンが制作した11 Rue Larreyの扉の作品は、一つの扉が二つの部屋の間に接続されており、一つが開けば一つが閉じる、一つが閉じれば一つが開くというような構造になっており、諺とは裏腹にも単純明快な解決策を否定していると言われている。またある人は常に開いているし常に閉じている、両義性を表現しているとも言っている。実際にマルセル・デュシャンは女性ローズ・セラヴィとしてマン・レイの作品にも登場している。それはぼくの作品からは少し離れたテーマであるが、自分の、作品を考える上で同じように扉というものが含む観念を理解しようとしているのである。そういう点において、実際に家に行けないとしても目の前まで来てその場所を知ることはとても小さいながらに大切にしたいと思うことなのである。19時ごろ、夏帆ちゃんと合流しZander GalerieMolly Springfieldのオープニングへ。その後、またPetit Lippへ。夜行バスでオランダに帰る。毎回思うが、夜行バスに乗ると自分を試されているような気持ちになるし、感情的な気持ちを抱えたまま最初の一時間くらいを過ごすことになる。そして、いつものことだがいつの間にか寝ている。途中で目を覚ます頃には、すでに窓の外はうっすらと青くなっている。

2026.7.1

 朝、Dominikaの家の近くのGamine Bakeshopにクロワッサンとパンオショコラを買いに行く。その後、自転車でFondation Cartinerへ『Exposition Générale』展。11時から15時くらいまで、途中であまり魅力的でないミュージアムカフェでお茶を飲んで、結局合計4時間も過ごしていた。すでに偉大な作品を持った美術館が新しく作品を購入し保管するということは、同時に所蔵作品を保管する場所も増えるということだろう。そして、各キュレーションは壮大になり展覧会で展示される作品数も増えるということは、同時に展示規模も大きくなる。
時代を生きるぼくたちの多くは、忍耐力と集中力を失い始めていて、スポーツ、特に野球やフットボールに見られるように時間短縮や、観客の集中をどう維持するかを考えた上でピッチクロックやハイドレーションブレイクなどがルールに適用され、野球もフットボールも形を変え始めている。ルールが変わればチーム戦術も選手のスタイルも変化する。我々鑑賞者が、忍耐力と集中力を失うと、それに合わせた作品や展示に変わるだろう。複雑で難解なキュレーションを見て圧倒されるようなことはなくなり、いつしか一点ずつに強度があったり、物質的に圧倒的であったり、その関係性などを不要とするような作品展ばかりになるのではないか。それが、近年企画展が減り、一人のアーティストの大きな個展が目立つ理由かもしれないと思っている。もしくは、展示される機会を失い保管されてる作品が増えるだけである。たくさんの作品を所蔵するには、そしてコンプレックスな展示を成功させるには、鑑賞者の忍耐力と集中力を必要とする時代がきた。瞑想が美術館を救う。もし作家として、自身の作品を美術館に所蔵されたいのであれば、自分がまず忍耐力を持つ必要があるし、複雑なキュレーションを読み解く楽しさを持つ必要がある。複雑で難解なキュレーションを楽しむ人が減れば所蔵される作品も、そして展覧会も痩せ細っていきはしないだろうか。そういう点においても、Exposition Généraleは見応えのある良い企画展だったし、彼らの態度を感じるようでぼくはある種の安堵を覚えた。『Exposition Générale』という名称は、1855年の第1回パリ万国博覧会のために建てられたオスマン様式の建物、現在カルティエ財団が入居している、19世紀後半からグラン・マガザン・デュ・ルーブル百貨店が主催してきた博覧会に由来するのだそうだ。この建物は、歴史を通じて展示スペースとして絶えず姿を変え、その変遷とそれに伴う空間構成の間に深い連続性を示している。歴史の上に成り立つモダニズムにぼくはいつだって強く共鳴するが、この展示は、パリでしか成立しないという点においてもすごく魅力的だった。そんな風に色々と思いを馳せていると気付けば4時間が経過していたのだ。
近くのLe Petit Cafeで遅めのランチをしようと向かうが人で溢れていたので諦める。Librairie Galignani、Galerie Crèvecœur、に立ち寄り、Petit LIPPでかなり遅めのランチ、もしくはとても早いディナー。サーモンとラタトゥイユを食べる。DSM Parisで渡邉さんに会う。夜は、Librairie Yvon LambertTeaのブックローンチへ。メールで何度か連絡していたSaskiaと会う。Bar MartinTeaDavid Anti Public Libraryで働くMariyaらとドリンク。Dominikaの仕事が忙しいのか、連絡がつかず、家に入れないので、家の近くのバーガー屋でバーガーを食べて、ベルギーvsセネガルを観戦。バーガー一つとっても、ブリオッシュの風味も、ブリオッシュのカリカリも、バターの香りも、なんでもない街のバーガー屋なのに、とても美味しい。日常に見ているものや食べているものがいかに人の質を担保するのかを改めて実感。パリ18区はアフリカ系の人種が多いからか、帰り道もすでにセネガルを応援するだろうファンたちで道が溢れていたし、Dominikaの家の近くのパブも、白人たちが多いので、ベルギーファンかと思いきやみんなセネガルを応援していて、この土地でアフリカ系の人たちがきちんと生活してきた証を感じたような気がして、何故か妙に誇らしくなった。

2026.6.30

 パリへ。ユーロスターが欠便遅延を重ねに重ね、満員電車に揺られアムステルダムまで行き、アムステルダムから電車に乗り込むも、かなり遠回りをして3時間で行けるところを、5時間以上かけてパリに到着。近くのパブでフランスvsスウェーデンを観戦。ほとんど全てのお店のテレビで上映されているので、わざわざどこかに足を運ぶ必要もない。フットボールの強国とは、こういうことだと思った。勝利やゴールに関してはお祭り騒ぎだが、観戦する行為自体がお祭りではない。Dominikaの家に泊まる。以前住んでいたのと同じアパートだが、上の階にある広い部屋に越しており、彼女の人生の変化を感じられて羨ましくなった。しかし、そんな想いに耽るのも束の間、「仕事が溜まり過ぎているので続きをしないといけない、申し訳ない」と言いながら彼女は仕事場に戻って行った。


2026.6.29

マイク・リーへのフラストレーション以降、ぼくが発見したのは、やはり自分の言葉を、自分自身の身体から出る自分の言葉を語る以外には、誠実な態度というものは表現できないのではないだろうかということだ。たとえ、どれだけ想像力を駆使しても、どれだけ聞き込みをしても、身体的、精神的な疲労、葛藤や苦悩に対峙していない人間にはそれを語ることがとても難しいのではないかと思う。しかし、同じ体験をしていない人間にも「ともに立つ」ことはできるだろう。
しかし、一方で最終的にシモーネ・ヴェイユのようになってしまったら、誰がその言葉を持つことができるのだろうか。シモーネ・ヴェイユの言葉は鋭すぎるが故に自己に向き過ぎていたのではないか。ぼくも持つ言葉は違えど同じ道を歩みつつある。

2026.6.28

自分しか知らない罪の意識は表情にも風貌にも行動にも現れる。
自分の生活のために飼っていた犬をなくなく見捨てて、自分の生活の向上を選んだ友人を知っている。それは、ぼくには到底理解できない行為だった。彼女のことはとても好きだったが、それ以来彼女の自分を世界の中心に据えて世界を形作る思考にうんざりすることもある。そのほかにも臭いものに蓋をしたり、なかったものとしたりしながら生きている人も知っている。それはメンタリティの話ではない。臭いものを臭いものとして、その臭ささえをも神が与えた自分の人生への試練だと真正面から受け止め苦難を乗り越えようとする友人も知っている。全てを受け入れてなすがままにするのが正しいのか、もしくは自分の意思で色々なものを簡単に捨てたりしながら自分の意思を貫くのが正しいのか、ほかにも無限の選択肢があるが、どれが正しいのか正直わからないが、ぼくは臭いものも大変な苦難も全てを諦めることなくなすがままを自分なりに正面から対峙し受け入れることで、そこに希望の光が差し込むことを信じながら自分なりに乗り越える解決策を模索するような道を選びたいと思う。他人からすると自分から入り込んだ真っ暗なトンネルだとか思われるかもしれない。そこにはそのトンネルを捨てて違う道をいく方法もあった、と言われるだろう。それでもぼくはそのトンネルが目の前にあるのであれば、それがぼくの人生に降りかかってきたのであればそれを受け入れ、出口があることを信じ、自分の力で苦難を受け入れていきたいと思っている。とにかく何が言いたいかというと、オランダに引っ越して以降、自分がうまくいくだけの人生をヨーロッパの人もしくはこのオランダという移民の多い国に住む人は選択しすぎではないかと思えてならないし、ぼくはそこに未来があるとは到底思えないのだ。簡単に排除することを覚えるべきではないのではないか。排除することを覚えると、明日にはあなた自身も排除されるだろう。ぼくは全ての人の受け皿になれるような人間ではない、しかし自分が選択した困難や思いがけず降りかかる受難を自分の世界に現れた異物だとは思わず、それをも自分の人生の中で耐え抜くべき試練として受け入れたい。世界のことはわからないが、飄々した姿で勇敢な精神を持ってぼくは自分自身のことをよく知りたいと思う。