2100年の生活学 by JUN IWASAKI : 2026.6.29

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2026.6.29

マイク・リーへのフラストレーション以降、ぼくが発見したのは、やはり自分の言葉を、自分自身の身体から出る自分の言葉を語る以外には、誠実な態度というものは表現できないのではないだろうかということだ。たとえ、どれだけ想像力を駆使しても、どれだけ聞き込みをしても、身体的、精神的な疲労、葛藤や苦悩に対峙していない人間にはそれを語ることがとても難しいのではないかと思う。しかし、同じ体験をしていない人間にも「ともに立つ」ことはできるだろう。
しかし、一方で最終的にシモーネ・ヴェイユのようになってしまったら、誰がその言葉を持つことができるのだろうか。シモーネ・ヴェイユの言葉は鋭すぎるが故に自己に向き過ぎていたのではないか。ぼくも持つ言葉は違えど同じ道を歩みつつある。