2100年の生活学 by JUN IWASAKI : 2026.7.1

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2026.7.1

 朝、Dominikaの家の近くのGamine Bakeshopにクロワッサンとパンオショコラを買いに行く。その後、自転車でFondation Cartinerへ『Exposition Générale』展。11時から15時くらいまで、途中であまり魅力的でないミュージアムカフェでお茶を飲んで、結局合計4時間も過ごしていた。すでに偉大な作品を持った美術館が新しく作品を購入し保管するということは、同時に所蔵作品を保管する場所も増えるということだろう。そして、各キュレーションは壮大になり展覧会で展示される作品数も増えるということは、同時に展示規模も大きくなる。
時代を生きるぼくたちの多くは、忍耐力と集中力を失い始めていて、スポーツ、特に野球やフットボールに見られるように時間短縮や、観客の集中をどう維持するかを考えた上でピッチクロックやハイドレーションブレイクなどがルールに適用され、野球もフットボールも形を変え始めている。ルールが変わればチーム戦術も選手のスタイルも変化する。我々鑑賞者が、忍耐力と集中力を失うと、それに合わせた作品や展示に変わるだろう。複雑で難解なキュレーションを見て圧倒されるようなことはなくなり、いつしか一点ずつに強度があったり、物質的に圧倒的であったり、その関係性などを不要とするような作品展ばかりになるのではないか。それが、近年企画展が減り、一人のアーティストの大きな個展が目立つ理由かもしれないと思っている。もしくは、展示される機会を失い保管されてる作品が増えるだけである。たくさんの作品を所蔵するには、そしてコンプレックスな展示を成功させるには、鑑賞者の忍耐力と集中力を必要とする時代がきた。瞑想が美術館を救う。もし作家として、自身の作品を美術館に所蔵されたいのであれば、自分がまず忍耐力を持つ必要があるし、複雑なキュレーションを読み解く楽しさを持つ必要がある。複雑で難解なキュレーションを楽しむ人が減れば所蔵される作品も、そして展覧会も痩せ細っていきはしないだろうか。そういう点においても、Exposition Généraleは見応えのある良い企画展だったし、彼らの態度を感じるようでぼくはある種の安堵を覚えた。『Exposition Générale』という名称は、1855年の第1回パリ万国博覧会のために建てられたオスマン様式の建物、現在カルティエ財団が入居している、19世紀後半からグラン・マガザン・デュ・ルーブル百貨店が主催してきた博覧会に由来するのだそうだ。この建物は、歴史を通じて展示スペースとして絶えず姿を変え、その変遷とそれに伴う空間構成の間に深い連続性を示している。歴史の上に成り立つモダニズムにぼくはいつだって強く共鳴するが、この展示は、パリでしか成立しないという点においてもすごく魅力的だった。そんな風に色々と思いを馳せていると気付けば4時間が経過していたのだ。
近くのLe Petit Cafeで遅めのランチをしようと向かうが人で溢れていたので諦める。Librairie Galignani、Galerie Crèvecœur、に立ち寄り、Petit LIPPでかなり遅めのランチ、もしくはとても早いディナー。サーモンとラタトゥイユを食べる。DSM Parisで渡邉さんに会う。夜は、Librairie Yvon LambertTeaのブックローンチへ。メールで何度か連絡していたSaskiaと会う。Bar MartinTeaDavid Anti Public Libraryで働くMariyaらとドリンク。Dominikaの仕事が忙しいのか、連絡がつかず、家に入れないので、家の近くのバーガー屋でバーガーを食べて、ベルギーvsセネガルを観戦。バーガー一つとっても、ブリオッシュの風味も、ブリオッシュのカリカリも、バターの香りも、なんでもない街のバーガー屋なのに、とても美味しい。日常に見ているものや食べているものがいかに人の質を担保するのかを改めて実感。パリ18区はアフリカ系の人種が多いからか、帰り道もすでにセネガルを応援するだろうファンたちで道が溢れていたし、Dominikaの家の近くのパブも、白人たちが多いので、ベルギーファンかと思いきやみんなセネガルを応援していて、この土地でアフリカ系の人たちがきちんと生活してきた証を感じたような気がして、何故か妙に誇らしくなった。