VOICE by JUN IWASAKI

Translation

2021.12.31

朝起きて、朝食を食べて、部屋の掃除をする。実家にいると朝から和食を食べようという気になる。お味噌汁とご飯と鮭、漬物、納豆。
実家に帰るといつも部屋の整理をするが、大きな問題は本棚なので、本棚に入っている本の高さを揃え、文庫本を一度本棚から取り出し積み上げる。かなりきれいになった気がする。高さが高くなったり低くなったりすることによるノイズがなくなり、整うことでそれだけで一段と整頓された見た目になる。
18時まで家で掃除などをして過ごし、奈良のおばあちゃんちに移動。毎年恒例のすき焼きを食べて、歌舞伎そばで買った年越しそばを食べて年越し。去年は来れなかったので、2年ぶりだけれど、なんだかんだで楽しい。今年は、ひたすら格闘技を見ていたが、年々youtubeしか見ていない父親がますます格闘技に詳しくなり、雄弁に格闘家について話している。帰省した時だけ聞いている分には面白いなと思うが、同時になんだか一般的な感性の人間になっているようにも思う。一方で、同時にあの世代では珍しく若い一般の感覚をうまく受け取れる感受性があるのだろうかとも考えられる。元来、父親は、頑なに自分のスタイルを意固地になって守るというよりは、ナチュラルに流行っているものを取り入れて自分なりに昇華するように生きているタイプで、常に情報を得ているので、そんな風に生きていけることがすごいと思うが、なんだかyoutubeにハマりだしてからは雑な感覚も感じるようになった。別に否定するわけでもないが、年々自分とは違う感覚になって、ぼくがついていけないなと思うことが増えたなと思う。ぼくはどちらかというと古風な人間なので、古典的なものや職人肌、堅物なのものを好む。
毎年、年末年始は、父方のおばあちゃんの家に集まるのだけれど、歳を取るとどんどんと集まる人が減るので少し悲しい気もする。自分も成長するし、みんな歳を取る。世間も変わる。楽しかったはずのものがイライラする対象に変わることだってある。同時に変わらず安心するものであることも多い。
人は、減るがその分また新しい人が来るのだ。聖子ちゃんとの結婚を気を遣いながらもみんな嬉しそうに聞いてくれていたのでよかった。おばあちゃんが母方のおばあちゃんと最後に電話したときにぼくが聖子ちゃんと一緒になるのを楽しみにしているというようなことを言っていたらしい。
お節料理に毎年変化を感じる。誰かがあの手間と味を継承しないといけないのだけれど、誰もしないのだろう。おばあちゃんも元気すぎるとはいえ84歳らしいので、これからどんどんおせちを作るのも大変になるのだから、子供たちが集まって何かを学ばなければいけない。それは自分にも少なからず責任はある。あんなに素敵なものを継承できないとなると困ったことになるのは自分たちなのだ。お節料理がなくなるとなるとこれからの正月はどれだけ味気ないものになってしまうのだろうか。
大晦日にあれだけ美味しかったはずのすき焼きがもうないのだから、お節まで無くなってしまうのは困る。すき焼きは食べているのだけれど、作る人が雑なので、それはぼくの心の中にあるあの美味しかったすき焼きでは無くなっているのである。それはぼくの性格や味覚の変化もあるのだろうが、同時にきちんとターニングポイントでうまく文化を継承しなかったせいもあるのだろう。ターニングポイントの見極めをきちんとしていないと全ての文化は消滅してしまう。
今年は、昨年末から色々大変なことがあったけれど、聖子ちゃんのおかげでなんとか写真集To Find The Right Chairを出版出来た。Cairo Apartmentの最初のプロジェクトを進めることができた。引っ越しもして、少しでも自分たちの生活をすることができている。結婚を決めてからなのか、こんな生き方でいいのかと自問自答することが増え、それは聖子ちゃんとの関係という話ではなく、自分自身の仕事や生きるスタイル、どんな風にカッコよくいたいかというスタイルに対して自問自答することが増えたように思う。大きな都市にいるとスタイルのない人が圧倒的に多いように思えてならないし、地元で育った人の多いまちに行くと頑固さからなのかスタイルを明確に感じることが多い。
一年の総括をしたいところではあるが、実際自分の精神的なものなのか、現実感が欠けているのでなかなか総括し難い。早くこの違和感から抜け出したいと思っている。このモヤモヤは自分の力で切り裂いていくしかない。年明けには、念願のワンコも来るし、テーブルも来る。いい2022年のスタートになりそうである。
一時期、一日100人くらい読んでくれていたこの記録も、今では日々どのくらい読んでくださっているかわかならなくなってしまったけれど、自分の人生の記録として書いているだけにも関わらず、それでも読んでくださっていることに言葉では表せないほどに感謝をしています。これからも読者のためというよりは、まずはこの記録を始めた時の気持ちを大事にしたいので自分自身のために、未来のために日々を記録し、そして、それを楽しく読んでくれるような人がなんだか日々の心の支えになるような、思考が凝り固まった時に読んでハッとするようなことを毎日つらつらと書き記せたらと思っています。
2022年もより良い年になるように努めようと思います。これからも何卒宜しくお願い致します。

2021.12.30

年越しそばを歌舞伎そばで予約していたので昼に受け取りに行く。いつものおばさんが「毎年ありがとうございます」と言ってくれる。一時期に比べるとめちゃくちゃ常連でも無くなったのに、それでもこうやっていつもありがとうと顔と名前を覚えてもらえるだけで自分がここで生活しているという実感が湧いてくるのである。関西だと自分がそこで育ったからか、顔馴染みのお店が多い気がするが、東京ではなかなかそんなお店がない。いや、しゃぶせんに行っても、Aux baccanalesに行っても歌舞伎そばに行ってもとんきに行ってもbuikに行っても、マーガレットハウエルカフェに行ってもAux Bon Vieux Tempsに行っても、みんな意外と声をかけてくれるよなと今書きながら思った。その後、しゃぶせんでも行こうかと思ったけれど、年末でとても混んでいたので梅林でカツ玉を食べる。特に理由はない。
19時9分、東京駅から聖子ちゃんと一緒に新幹線に乗る。久しぶりに乗ったけれど、結局二人とも乗ってすぐに寝ていた。1週間くらいなのに、なんだか別れが妙に恋しかった。最近、本当に二人で生活しているという意識が強くなっているからだろう。それにパートナーという関係からまた違う形である「家族」になるということも少しの別れを恋しくさせる理由の一つだと思う。結婚のような形式貼ったことが本当に必要あるのだろうかと思っていたが、実際に結婚に向けてことを進める中で、心境の変化と進化において結婚という形式の重要性も感じるようになっている。それは、自分の血の繋がっていない人を自分に同化していくような作業でもある。別に相手の名前が変わるから心境に変化があるのではなく、自分の中で結婚という決断をしてから、婚約指輪を探すこと、彼女にそれを告げること、自分の両親に伝えること、相手の両親に挨拶に行くこと、自分の両親と相手の両親とみんなで会うこと、指輪を選ぶこと、食事に行くこと、友人たちに伝えること、家族に祝われること、結婚式の取り決めを行うこと、そんな風に一つの決断がどんどんと物事を進めてくれるし、進まざるを得ないのである。自分の決断一つ一つが心境を変化させるし、時にはとてもめんどくさいこともあるのだけれど、それも自分自身で解決していくことによって自分自身を進化させる必要があるのである。人間はそうやって未知のものに遭遇し成長を重ねてきたのだ。もちろんこれはぼくの視点での意見であり、彼女には彼女なりの名前を失うということに付随する育った家族から離れるといったようなことや、ぼくの想像を絶するような大変な感情が渦巻いているに違いない。

実家に帰ると父親から痩せすぎと言われ、自分の体調が心配になる。確かに少しスッキリしたとも思うし、体調は優れないのが事実なのだ。怠い感覚がもう数ヶ月も続いているし、神経痛のような胸や脇下の痛みもずっとある。そういう時に、家族の強い損得勘定のない言葉は安心感と同時に恐怖を与える。
お風呂に浸かり早めに就寝。ここ最近、よく実家に帰ってきているので部屋がきれいに保たれていて快適に過ごせるようになってきた。あまりくしゃみも出なくなったように思う。やっぱりタバコだけは苦手だ。

2021.12.28

仕事でバタバタと忙しかったので家に帰るのが遅くなる。20時を過ぎて帰宅。
いつも家に帰ると聖子ちゃんが食事を用意してくれているので、そんなに傲慢に食べるだけで良いのかと不安になる。自分で料理を作らない人が食事をする権利があるのだろうか。
ありがたいのだけれど、ありがたすぎると自己嫌悪になるという不思議な感覚。良いことが起きている状態の時は、良い勢いに任せてグイグイいくのが良い。良いことが続くとそのあとに何かダメなことが起きるのではないかと不安な気持ちになって、その良い状況を楽しむことができない。性格というよりは、自分のその時の感覚に近い。

2021.12.27

起きると腹痛はなくなっていた。割と快調。早寝と葛根湯が効いたのだろうか。
クリスマスプレゼントに聖子ちゃんからSanta&Coleのポータブルライトをもらう。ずっと欲しかったものなのですごく嬉しい。
気付けば、毎年ライトとかキャンドルとか光にまつわるものを贈りあっている。
ぼくが聖子ちゃんにプレゼントする予定だった本はまだ届いていない。2週間経っても届かないもんだから焦ってしまって、25日に「まだプレゼント届いてないんだ」と言ったら、「私も何も用意してないからいいよ」とか演技していた聖子ちゃんが、なんだか彼女らしいなと改めて思う。クリスマスが好きで、サプライズが好き。僕はあまり未来の予想をするのが得意じゃないし、決断が遅いもんだからいつも少しゴテゴテになるのだ。前もって準備するような、いろんなことを想像するのが得意なのだからそれをうまく記録するなりしていかないといろんなことがゴテゴテで締まりの悪いものになってしまう。
ことあるごとにiphoneで撮影した画質の悪い写真を大きくプリントしてカードを作ってくれたのだけれど、それに映った自分の姿が病人のようで怖くなってしまった。自分はあんな風に見えているのだろうか。癌のような大きな病気から復帰した人間のような、正気のない印象を受けてびっくりしてしまった。

2021.12.26

なんだか腹痛が酷いので20時ごろ就寝。異常な痛さ。明日痛かったら病院へ行こうと思う。
自分の身体で生きている実感がない。この感覚は異常である。自分でも出来るだけ身体の不調を訴えないようにと思いながら生活しているのだけれど、なんだか自分の感情がどんどんと動かなくなっているように感じられとても怖い。
喜びも悲しみさえもこのままではなくなってしまいそうである。楽しいことがあっても心の底から

2021.12.25

朝、駒沢公園へ写真を撮りに行く。PeterとスタジオをシェアしているNicolajのブランドPalmesの撮影。ぼくのHear The Wind Singのシリーズが気に入っているらしく、そんな風な写真を撮って欲しいと依頼が来た。こういう背景に何かレファレンスのある独自のショートストーリーは好みなので、喜んで撮影することにする。ただ、あくまでテニスという括りがあるので、自分とテニスの関係性とか、自分とその場所との関係性だとか、そういうものを炙り出す必要があった。Hear The Wind SIngに紐付けて、明治神宮テニスコートというアイデアもあったが、却下し、自分の近くのテニスコートでその場所の空気も交えて
その後、Au Bon Vieux Tempsでクリスマスケーキを受け取る。肉屋で牛ミンチを買い、Dadachaでハムを買い、帰宅。
昼過ぎからアッシュパルマンティエを作る。こうやって午後一番からゆっくり料理をして夕方ごろに食事をするというのが最高である。毎年クリスマスはこうありたい。いや、クリスマスとは言わず毎日こんな風にあってもいいと思うが、クリスマスにならないとこんな風にならないのでそれもまた不思議である。
聖子ちゃんが「結婚前最後のクリスマスに乾杯」とか言っていたが、ああ見えてすごく意識しているんだなと思うと感慨深い。いつも飄々として何も気にしてないように感じるから、時に本当にわかってくれてるのかなと不安さえ煽ることがあるけれど、こうやってぼくのした行為に対して何か感情の変化があったことが見えると、少しほっとする。
こういう日には身体の不調を全く感じないのがまた不思議でならない。病は気からだというが自分の身をもって体感している。いや、もしかしたら病気かもしれないので病院に行って精密検査するべきか、などとも毎日のように考えているが考えているなら行くべきだろうし、もう少し様子をみれるのであれば様子を見てもいいのだろう。

2021.12.24

夕方、聖子ちゃんと銀座のCartierへ行き、矢野さんから文字入れしてもらった結婚指輪を受け取る。ついに指輪を受け取ったのだけれど、なんだか正直度胸を持ってお金を払えばなんでもしてくれるし、あとは時間が経てばそれが手元に来るんだという感覚が不思議でもある。自分で手に入れたと言う感覚がめちゃくちゃ強いわけではないが、なんだか幸せな気持ちでいっぱいである。
その後、YAUMAYでディナー。こうやって人がいる場所でゆっくりと人を見ながら話ができるのは素敵なことだなと改めて思う。いいお店には面白い人がいるからいいお店なのだ、いやお店だけではなく世界中には面白い人がいるから楽しいのだろう。自分もそのうちの一人でいられるか。ここも東京に住んでいることを良いなと思わせてくれる場所の一つ。