2100年の生活学 by JUN IWASAKI

Translate

2026.6.9

Jim JarmuschFather Mother Sister Brother』鑑賞。オムニバス的な構成の映画に懐かしさを覚えたり、一作目のTom Waitsの存在がとても良いのと、何より一番よかったのはエンディングの『These days』だった。サントラはすべてJim Jarmusch本人が作っている。ぼくもそんな風な特徴のある方法や形を持った作家になりたいし、作家以上に作品自体が人を語るような作品を作れるようになりたい。Jim Jarmuschは、インディペンデントに活躍する作家のお手本である。

2026.6.8

 夕方からアムステルダムに行き、Wynand Fockinkでサクッとドリンク。珍しくお酒を飲んだが、酔わなかった。まあ一杯だけなのだが。OTEMBAという緑茶の入ったジュネヴァも試飲で飲んだが、喉が焼け焦げるかと思った。その後、Calistoでディナー。隣に座った女性二人がフランス語を話していたのだが、オランダ語よりも理解できた。よく聞くと、一人はベルギー人で、もう一人はストラスブール出身ということだった。もしかすると、フランス語も地方に行けば、もしくはジュネーヴのようなフランス語圏のスイスに行けばかなり理解できるのかもしれないと思った。オランダ語よりも音馴染みがあるのと、まあ少なくとも大学で4年間授業を取っていたし、パリにも2年ほど住んだし、実家もA table!というフランス語の名前のついたカフェをやっているし、フランス映画にも、音楽にも影響を受けながら育ってきたのだから、心は開いているのだ。言語や文化を学ぶことは、大前提として心が開いているかどうかということにあると思っている。オランダに来てからなかなかオランダを拒絶するような、もしくは拒絶されるような感覚を受けることが多く、またゲンナリするような思考やものに心が塞いでいたが、少しずつ自ら心を開こうと努めることによって言語の理解が少しずつ進んでいるようにも思う。しかし、フランスに住んでいた頃は言語を学ぶには現地の食べ物を食べて口を作ることが大切だと謳っていたが、ここでは現地の食べ物というものがほとんど存在せず、言葉の発音を教えられる際には唾を吐くように音を出す、なんて言われる始末である。ぼくは唾を床に吐く人がとても嫌いだ。そういう意味では今日Wynand Fockinkでジュネヴァを飲んだことは言語と文化を理解する上で大きな一歩であった。終電に乗り、帰宅したのが25時頃だった。急いでシャワーを浴びてベッドへ行くところなのだが、最近の睡眠の乱れから結局27時ごろにベッドへ行った。

2026.6.7

夕方からJayの家で遊ぶ。Stenも来て、Fat Keeで焼飯とポークベリーと、宮保鶏丁をテイクアウトして家で食べた。レーシングゲームをして22時半頃帰宅。
久しぶりにテレビゲームをしたけど、かなり下手になっていて悔しい。昔はコントローラーの色が禿げるほどにゲームをしていたのに、今や持ち方やボタンすらも教えてもらっている始末である。

2026.6.6

今日は終日ユトレヒト。来週から始まるW杯が楽しみで仕方ない。もう2022年から4年経ったのかと思うと時が過ぎる速さに腰が抜けそうになる。2023年末に日本を飛び立った。ANAの直行便でブリュッセルに降り立ったのだが、入国審査のその時に列の前に並んでいたのが後藤啓介選手だった。あの頃はまだJ2ジュビロ磐田で活躍していたので、少々興奮しながら、彼もぼくらと同じ時期に海外移籍をするためにベルギーに飛び立ったのかと感慨深くなっていた。その翌月、彼はベルギーの競合チーム、RSCアンデルレヒトへの移籍を発表した。そして彼はW杯のメンバーに選出された。聖子ちゃんはいまだになんで彼に声をかけなかったのか、と言ってくる。ぼくもそう思うが人生はちょっとしたことの連続であるし、ちょっとしたことが大きな変化を生む。彼の2年とぼくの2年を、その実際的な2年だけで比較するべきではないし他者との比較は価値を持たないと言われ続けているが、それでも彼はこの2年で躍進しW杯メンバーに選ばれたという具体的な結果がある。ぼくは彼を盛大にお家んしたいと思う。

2026.6.5

デン・ハーグ、デルフト、ロッテルダム、ユトレヒトと巡る。移動手段とお金などを気にしなければオランダは簡単に回れるんだなと思った。

2026.6.4

紹介状を持って、自転車でHaga病院へ行く。スキャンのアポイントメントを取っていた。スキャンが終わって便を届けにいくと血液検査はいつですか?と聞かれた。血液検査は6月11日にしかアポイントメントが取れていないというと、今やるかという話になり、3分ほど待って、その場でやってくれた。なんともオランダらしい。予約がなければならないし、予約はかなり先にしか取れない。そんなルールで縛られている社会構造であるにも関わらず、ここに住む人間たちはそのルールを一つの正義としながらも、感情的で野生的だなとつくづく思う。たとえば、自転車の修理も1週間待ってくださいと言われ、待っても何も連絡がなかったりする。しかし、そこに赴くとその場でやってくれる。面倒なことを後回しにしないといえば良い性格を持っていると言えるだろうが、同時にじゃあなぜ1週間先まで待たなければならなかったのかと怒りを覚える。ぼくは、その二重構造にいまだに困惑している。
どこの国でも、なぜ看護婦はずっしりしていて、度胸がありそうなのだろうか。精神的に弱っていそうな人は日本でも他の国でもここオランダでも見たことがない。実のところ、彼ら彼女らのおかげなのか、それとも病院という概念の問題なのか、自分一人で抱えなくても良いという安心感なのか、もう既におそらく病院の予約が取れた頃から強い腹痛なんてものは感じなくなっているのである。若干感じるといえば感じるような気もするのだが、精神的に参ると大体お腹が痛くなるのは、昔から変わらず、死んでしまうんじゃないかとか思っていると、余計にお腹が痛くなる。雪だるま式に精神的腹痛は続く。こういう時にはウディ・アレンを思い出すが、検査するに越したことはない。聖子ちゃんや周りにいる人たちには申し訳ないが、それでも言わずにはいられないほどに痛い時もあるのだ。Schiphol AirportCafe Rembrandtでドリンク。

2026.6.3

 体力の限界からか、精神的に参っているのか、全く力が湧き出てこず、自分でも驚くほどに一日中寝て過ごした。