2100年の生活学 by JUN IWASAKI

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2026.5.5

子供の日。いまだにLoreのパートナーが作った情景から抜け出せない。トーマス・マンと村上春樹と、ミラン・クンデラの著書が多数積み上げられ、借景とのコントラストを喜ぶかのように、リノベーションを放棄したような家だった。扉のない部屋があり、すべてのドアノブは取り外されているが、完璧に仕上げられたシャワールームがある。何より目の前にはゲントの旧市街を見下ろす風景が広がっている。まだお腹が痛いので、うんざりしている。もう当分の間、生牡蠣は控えたい。5月はやるべきことに集中するぞとフレッシュな気持ちでエネルギーを充電してベルギーから帰ってきた矢先だったので、早々にお腹を痛めて動けないことに気が滅入るが、そんなことも身体を通り過ぎ去るのを待ってしまえばあとはぼくの時間がくる。あと少しの辛抱だ。

2026.5.4

 昨日は、1日寝込む。今日も朝からずっと寝ているとそれはそれで辛く、寝過ぎて身体が痛い、血の巡りが悪いという状態。夕飯におじやを食べる。聖子ちゃんに「外の空気を吸うついでにステラの散歩に行ったら?」と、暗にステラの散歩に行って欲しいと言われる。彼女はいつだってぼくは寝込んでいるにも関わらずそういうことを平気で言ってくるのであるが、ぼくも何かを言い返す元気もなかった。フルーツでも買いに行こうと思っていたし、何よりもステラにいつ「来世は交代な」とブラマヨ吉田の話に出てきた犬の最後の言葉を言われてもいいように、ステラに対しては自分自身を律するようにしているので、散歩に行こうと思っていたが、それでもよしっと気合を入れるだけの力がなかったり、自分でやろうと思っていたことをいちいち人に言われると気が滅入るというような性格が邪魔をして、さらにぐったりしてしまった。でも、行くしかないと思って、ほとんど2日ぶりに服を着て、ステラと一緒に家を出た。
家に帰ると、さっきとは全く違う感覚がそこにはあって、彼女はぼくのことを見透かしていたかのように「外の空気を吸うついでにステラの散歩に行ったら?」と提案してくれていたのだと思うと、自認と他己認識の違いの大切さを思い知らされた。自分というものはとても自分に甘いし、いつでもいいわけや何かそれを免除される理由を探す、特に体調が優れない時や気分にない時には。それはある人にとっては会社というものであったり、月謝を払ってしまったジムだったり、営業時間を設けたお店だったりする。社会というものは自分自身を支えるものとして具体的に存在している。その後、聖子ちゃんの誕生日にと買ったJasper Morrisonのシーリングランプを取り付ける。

2026.5.3

 朝、疲労なのかなんとなく身体がすっきりしないままにステラの散歩に行く。結局1時間くらいゆっくりとステラとの久しぶりの散歩を楽しむ。しかし、左肩から腰にかけて何か一本電気が走るような感覚や足の痺れなども感じている。何よりちょっとお腹が痛かった。それでもブリュッセルのパン屋Pin Pinで買ってきた全粒粉のサワードに卵をのせて、コーヒーを淹れるだけの元気も食欲もあった。しかし、その後、外出先で、突然貧血のように倒れそうになり、一旦休憩してみたがそれでも復活しないので、急いで帰宅。その後熱を測ると38度だった。朝からなんとなく腹痛と全身の痛みを感じていたのだが、突然倒れそうになったのは初めてだった。2日前に熱中症で倒れた方を目撃していたので、それが脳裏に焼きついていて、早めに判断してよかったと思った。確実に2日前に食べた生牡蠣が原因だろう。下痢や吐き気というわけでもないのだが、全身の痛みとあまり経験したことのない腹痛がある。
いつでも体調を崩した時には、ぼくの日々の素行の悪さのせいでぼくはこの苦しみを味わっているのだがら、薬なんて飲まずにこの苦しみが自分の身体を通り過ぎるのを待つしかないのだと思う。いつも布団の中で、体調が戻ったらランニングをしたり、素食で過ごし、がらんどうな部屋で満たされるような時間の過ごし方をしようと日々を懺悔するように考えている。もちろん、風邪とか食中毒とか、ほっておいてもいつか治るような病のときは、である。

2026.5.2

ずいぶんと名残惜しい借景と会えなかった家主のスタイルへの執念に別れを告げ、ゲントからブリュッセルに向かう。
彼の家は、ある意味でとても建築家らしかった。インターネットやInstagramなどからきちんと距離のある内装で、購入してから5年も経ったというのに、全く完成していない。リノベーション放棄したような部屋もありながらも、住むには困らない程度にリノベーションされたインテリアには、独身男性を謳歌しているようにも感じられたし、ある意味、その借景とのコントラストがぼくには羨ましかった。ぼくもこうある未来をどこかで想像していたかもしれないと一度鎌倉に内見に行った物件を思い出した。遠くに海がみえる大きなベランダのある70平米の中古マンションだった。彼の家は、部屋をしつらえる調度品への執着以上に、スタイルへの執着が見えた。ぼくはその点が自分ととても似ていると思った。ビジュアルへの執着ではなく、概念への執着。ブリュッセルでLoreの展覧会を含むいくつかの展示を観て、アントワープで途中下車し、夕飯を食べて帰宅。

2026.5.1

 Andyでコーヒーを飲み、宿に戻って朝から風呂に浸かり、チェックアウト。結局のところ、この宿には湯船があり、風呂からアメリカ通りを眺められる大きな窓があった。ぼくが人生において求めているものは、青い空と、燦々と降り注ぐ太陽と、それを感じられる湯船である。
その後、マーケットで生牡蠣を食べる。日本の牡蠣とは違って、いろいろな国のいろんな地域の牡蠣の食べ比べが出来る。あまり気にしたことがなかったが、どこで育ったかによって全く違う味わいで、そのどれもが日本の牡蠣とはまた違った趣があった。結局のところ自分の味の好みというのはたくさん食べるか、食べ比べるかでしか作り上げることができないのであれば、それは音楽も映画も何に関しても同じで、ある程度沢山観たり、聴いたり、経験したりすることでしか打ち破れない壁みたいなものが確実に存在していて、それをどれだけ早く到達できるかというのは、物事を理解する上で、もしくは自分自身の好みを理解する上ではとても重要になってくる。学生時代にVHSとCDと本の隙間を縫うような生活していた同級生の岡崎くんは何をしているかは知らないけれど、一緒にJusticeのライブに行き、暴力温泉芸者のライブに行き、ふや町映画タウンに何度か行った。彼はすでにあの時点で自分の味を知っていただろう。
夕方、ゲントに移動。夜は、Loreのパートナーの家に招かれと、彼は不在だったが日の長さに感謝し古都を見下ろすような22階の高層マンションからの借景を目にしながら、3人で夕飯を食べ、聖子ちゃんの誕生日を祝う。お互いの進捗を話し合い、いつでもLoreには叱咤激励をされる。もっとやれることがあるのではないかと思わされるし、確かにやれそうなことはある。ぼくが知り合ってきたアーティストは自身の言葉を持っていて、非常に勇敢である。そのままここに泊まる。

2026.4.30

今住んでいる家を空っぽにして壁の補修もせずに、オーナーの最終チェックもなしに、バルセロナ行きの飛行機に乗るために空港に向かった。オーナーにWhatsAppで「I moved out my apartment this morning. Please have a inspection. Thanks a lot!」とメッセージし、皮のベルトのついたキャンバスのウィーケンドバッグを右肩にかけ搭乗口から滑走路に降りた。滑走路から照り返る熱を感じながら飛行機を見上げたところで目が覚めた。目覚めた後、面白い夢の続きが見たくて、期待を込めてもう一度目を閉じだが、真っ白で空っぽの家の情景だけが瞼の裏側に残っていた。

2026.4.29

なかなか眠れず、夜中26時に就寝。24時間という人に均等に訪れているとされている時間の中で、自分はどれだけ時間を掴めているだろうか。24時間は等しく与えられているかという問題はさておき、自分は自分の時間のリズムを掴んでいるだろうか。もちろん24時間という1日の中だけではなく、もっと大きな時間の流れの中で、例えば37歳という年齢を目にしたときに、自分は自分なりの37年間の時間を掴めているか。決して自分の時間は人と比べられるべきではない。