2100年の生活学 by JUN IWASAKI

Translate

2026.3.2

 物騒な時代になった。さらに怖いのは、ある人はこの攻撃による株価の変動について話し、ある人は戦争に発展すると話す。私利私欲が渦巻く社会において、正義とは何か。戦後の日本人、日本の文化人たちは国際社会の中で何をするべきかを考え取り組んできた。多くの議論が行われたし、素晴らしい実践もあった。それは政府単位の大きな行動もあれば、文化的貢献も、一人の文化貢献も、名もなき市井の人間の日常における行いもあった。しかし、教育や知識や物の見解、立場が違えば、道徳も大きく変化する。ぼくは、世界は割と同じようなモラルを持つようになってきたと思っていのだが、そうではないなとオランダに来てからつくづく感じるようになった。大学まで日本で育ち、卒業後に短いながらも幾つかの国での生活をしたが、それでもこの国に根付く考え方がいかに特殊かということについて考えている。それがぼくは否定するものであるかはわからない、ぼくという人間にとって異物ー異なった考えーであるので、動物的には身体に取り込むべきではないのだが、それはぼくという人間における話であって、対象それ自体が否定されるべきではない。
日本人に対してネガティブな感情や歴史がある国でもそれを過去のものと捉える人もいれば、歴史の悲劇を社会や政治、教育、日常に組み込み、無意識下にネガティブなキャンペーンを行い排除するような国もある。デン・ハーグでアイスクリームを食べていたら、隣に座ったおばさんから「日本は戦争で酷いことをした」と言われたことは、その事実があったということ、その側面にも側面にも視点があるということを真摯に受け入れるきっかけとなっただろう。しかし、何もアイスを食べている時に言わなくてもと思ったのも事実であって、80年前の事実を、現代を生きるものとして一つの歴史とし学びにするしかないのだが、インドネシア人は侵略し占領していたオランダ人に対していまだにそんなことは言うだろうかとも口から出さないけれど心のどこかでは思ってしまう。インドネシアに関していえば、日本は彼らの土地を領土としただろうか。物事のこちら側の側面とあちら側の側面と、そして実際に起きたこととには大きな見解の違いも感覚の違いもあるだろうが、ぼくは何にせよ争いにも侵略にも大きく反対である。
ちょっと思い出したら悲しい気持ちになったので、オランダに関してネガティブなことを言うとすると、この国に他の国の持つ美しい文化を正面から理解して受け入れようとしている人がどれだけいるのだろうかと思うし、合理的な思考を持つこの国の人が、最も非合理とも思えるような美意識を持った日本の文化を理解することは出来るのだろうか。決して彼らも合理的でありたいと思ってお腹の中で育ち生まれたわけではないのであるが。それこそが、非常に悲しい事実でもある。

2026.3.1

アメリカがイランに攻撃したというニュースが流れてきた。昨年もあった。何が起きているのかぼくにはわからないが、たくさんの大小さまざまな問題を抱えながらも世界が一つになって大きな難題に向き合い希望と忍耐を持って未来に向かっている21世紀に、野蛮な攻撃や侵略というものがあっていいのだろうか。21世紀に起きているとは考えられないようなニュースだと思う。ただただ悲しい。ぼくに今何かが話せるかできるかはわからないが、とにかくぼくは、心を痛めながらも自分のできることをやるべきだし、それがもし無力だとしても、それでもなお自分自身の行為を続けるしかない。
昨日の話に続いてだが、今日から、やはりアーティストの名前はカタカナにするのが良いのではないかと思うが、たとえば、カタカナ表記がわからない人はどうするのかという問題があるが、その場合だけはアルファベット表記にする。友人の名前もアルファベット表記にする。都市名はカタカナ表記を維持し、お店の名前はオリジナルのままを採用し、映画や作品名、曲名はオリジナルもしくはアルファベット表記に時々日本語タイトルなんかも入れたいと思うが、それほど几帳面な性格でもないのでどこまで継続できるか。
ブライアン・シンガー『The Usual Suspects』とミスティスラフ・チェルノフ『20 Days in Mariupol (実録 マリウポリの20日間)』鑑賞。いつまで続くかわからないが、観たものを書き残すことにする。前からそうするべきだった。

2026.2.28

一昨日、フランソワ・トリュフォー『ピアニストを撃て』を観たということを書いたが、François Truffaut をフランソワ・トリュフォーないしはトリュフォーと表記するべきかという悩みというか問題は、このようなパーソナルな、一方的ではあるがパブリックに読まれるものにおいて常に付き纏う。ぼくの文章は、あくまで語りであるという側面を重要に続けてきたような気がしているので、そういう点では急にFrançois Truffaut と書かれるよりもフランソワ・トリュフォーと書かれるよりも、トリュフォーと書かれた方がリズムが良い。しかし、同時に思いの外多くの人が読んでくれていたり、突然知らない人から「文章読んでいます」と声をかけられることが多々あり、そんなことを念頭に置くとやっぱりトリュフォーは、François Truffaut に変わるのである。
そして、ノイズライティングー書き直しを許さない、誤字脱字を受け入れ、キーボードを叩くリズムを基本とし沈み込むように書き殴る書き方ーを志向していたとしても結果そんなことは愛読者のごく一部でしか理解できず、この文章はただの誤字脱字の多い、素人の趣味の文章で完結してしまう。素人の部分に関しては、ぼくは素人好きということで歓迎するが、「素人なのに」という見見下された中で起こす波乱みたいな強度がない限りは、ぼくの中でも素人は容認されない。
François Truffautかフランソワ・トリュフォーかトリュフォーか問題をいい加減解決しない限りは、延々とミックスされたまま蓄積されていくのである。
後から検索する時にも、どちらかに統一されている方がぼくも便利である。
これは人生と一緒で、毎日行われる行為に少しでも努力や意識があると、生きているだけで蓄積されていくのだが、何も意識しなければ後から見返した時にそれはただのガラクタと化す。とにかく黙っていても時間は過ぎ去る。

2026.2.27

そういえば、seikatsuでのI MURI IN ITALIA最終日に、アーティストの加瀬透くんと本田千尋さんが展示に立ち寄ってくれたようで、メッセージをしていた。先日、加瀬くんがgraphic tripというポッドキャストに出演していたので、聴いたのだが、彼が自分自身の具体的な社会の立場みたいなのを認識できてることにうらやましくなった。ふとした言葉だったかもしれないけど、彼の口から出た「自分がやることで、みんなもこれもやっていいと思える」ということを話していて、その何気ない言葉が自分のいる場所とか自分のいる流れとかが認識出来てるんだなと感じさせた。ぼくは彼に超個人的な事象を愛しながらも、社会的な側面への意識があるのではないかと感じていたので、その言葉によって「やっぱり」と思ったのと同時に、彼が一個人として社会的な役割を果たしてる気がしてうらやましかった。
他人と比較する必要もないけれど、ぼく自身のことを考えてみると、自分の作品作りも出版社もそうだけど、社会や未来のためになることを大きくは目指しながらも、やっぱり超個人的な事象とか趣味に囚われている。誰かが見つけてくれたらと思ってしまってるので、鑑賞者からするとどこから手をかけてどう理解していけばいいのかと感じるのではないかとよく考える。
というようなことを話していると、彼から「直接、影響が表象に表れる訳じゃないかもだけど、その姿勢というかに刺激を受けている」と返事が来た。さらに、「結果は常にわからないというか、今は良くてもあとでダメになったりとか、後で良くなったりとか、人生は時期によって色々だと思うし、結果はいくらでも書き変わっていくから、なんだかんだ大切なのは、姿勢とか態度だと思ってる。」
結果を着実に積み上げているように見える人からその態度の重要性を学んだような気がしたのだが、というような会話が直接言葉を交わさずにコミュニケーションできることにどこか悲しさを含みつつも、同世代で同じ土地を知る人が意思を持って活動しているのがぼくはとても嬉しい。

2026.2.26

François Truffaut 『Tirez sur le pianiste(ピアニストを撃て)』鑑賞。もう少し映画を観たこと、読んだもの、展示で見たものをきちんと明記することが必要な気がする。自分自身の作品を考察する意味でも、その作品をなぜ作ろうと思ったのか、日々見ていたものから無意識に影響を受けていたのかなども、蓄積していくこの文章はきちんと理解するための記録となる。
ここのところここに書く文章が、内省的なものが多くなってきたが、決して内省的なことだけがぼくが描きたいことではないはずだ。朝何時に起きたか、何を食べたかだけの物語にはしたくないが、一方でそれが続くだけでもそこに事象がある限り想像力は掻き立てられる。

昨年末にM1の決勝を鑑賞した時にも思ったが、ぼくはやはり即興的なものも好きだがそれと同様に推敲された作品が好きだと思った。わかりやすく言うなら、即興的な大喜利と、推敲された漫才というような違いだろうか。
ぼくは、これまでは、どちらかというと「日常的に心がけること」や「意識すること」、「常に何かを考察すること」によって、無意識の中で即興的に良いものが作れるという姿勢を持っていたし、それを良いものと自負があった。他を認めようとはしなかった。しかし、どうだろうか。今、ぼくはヨーロッパで腕力勝負みたいなものをしているような、野蛮な人間のいる国にいると、もしくは即興性と即時性ばかりで競っているような時代の流れの中で、漫才的なもの、推敲の中で必要とされる忍耐力や観察眼や自分の決意など、人間が言葉を抑えることにして伸びていくようなものに、人間の平等性を感じ、それがぼくの新しい美学として培われているように思えてならない。

2026.2.25

 快晴、気温も18℃まで上昇。他の住民たちに漏れず、同じようにBowieのテラスに腰掛け、ドリンク。ここ一ヶ月や引っ越してきてからゆるやかに溜まり続けるうんざりするような苦しみから解放されるように太陽を浴び、自然と笑みも溢れる。オーストラリアにいた頃は、このくらい太陽を浴びて過ごしていたのだが、これほど晴れていて太陽が味方にいれば不安なんてものを持つ心の余裕さえない。帰ってきたら再三再度!市からまた別件の追加請求が来ていた。これ以上支払いに追われるのはうんざりだ。支払いは、市井の人間の銀行口座に入っている残額や稼ぎなどに配慮も遠慮もなく忍び込んでくる。太陽だけは味方だ。

2026.2.24

数日前に大きめの笑えない金額の請求が来たのだが、オンラインで本当にこのくらいの請求が来るのかとredditを読んでいると、同じような悩みを抱えている人たちがたくさんいた。そこには、オランダに生活していると簡単に6000ユーロくらいは1ヶ月で無くなるというようなことが書かれていた。100万円くらいは1ヶ月で最も簡単に無くなるということである。
記憶に残るような体験も、刺激を受け未来の希望になるような体験も、何か大きな買い物をしたわけでも、何か形に残るようなものも手元に残らず、ただただお金だけがなくなる。引き換えに心の中に影が残る。かなり濃いめの。