2100年の生活学 by JUN IWASAKI

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2026.6.4

紹介状を持って、自転車でHaga病院へ行く。スキャンのアポイントメントを取っていた。スキャンが終わって便を届けにいくと血液検査はいつですか?と聞かれた。血液検査は6月11日にしかアポイントメントが取れていないというと、今やるかという話になり、3分ほど待って、その場でやってくれた。なんともオランダらしい。予約がなければならないし、予約はかなり先にしか取れない。そんなルールで縛られている社会構造であるにも関わらず、ここに住む人間たちはそのルールを一つの正義としながらも、感情的で野生的だなとつくづく思う。たとえば、自転車の修理も1週間待ってくださいと言われ、待っても何も連絡がなかったりする。しかし、そこに赴くとその場でやってくれる。面倒なことを後回しにしないといえば良い性格を持っていると言えるだろうが、同時にじゃあなぜ1週間先まで待たなければならなかったのかと怒りを覚える。ぼくは、その二重構造にいまだに困惑している。
どこの国でも、なぜ看護婦はずっしりしていて、度胸がありそうなのだろうか。精神的に弱っていそうな人は日本でも他の国でもここオランダでも見たことがない。実のところ、彼ら彼女らのおかげなのか、それとも病院という概念の問題なのか、自分一人で抱えなくても良いという安心感なのか、もう既におそらく病院の予約が取れた頃から強い腹痛なんてものは感じなくなっているのである。若干感じるといえば感じるような気もするのだが、精神的に参ると大体お腹が痛くなるのは、昔から変わらず、死んでしまうんじゃないかとか思っていると、余計にお腹が痛くなる。雪だるま式に精神的腹痛は続く。こういう時にはウディ・アレンを思い出すが、検査するに越したことはない。聖子ちゃんや周りにいる人たちには申し訳ないが、それでも言わずにはいられないほどに痛い時もあるのだ。Schiphol AirportCafe Rembrandtでドリンク。

2026.6.3

 体力の限界からか、精神的に参っているのか、全く力が湧き出てこず、自分でも驚くほどに一日中寝て過ごした。

2026.6.2

 朝、ミーティングをして、午後に先日ホームドクターからの紹介状を持ってエコーを撮りにいく。ホームドクターが紹介状を書かない限りは、次のステップに進めないというオランダの医療システムに窮屈さを感じながらも、そもそもオランダで専門的な病院に来たことがなかったので、不思議な気持ちである。日本であれば消化器とか、とか専門医に自分で予約を取れる。予約の時間通りに名前が呼ばれて、10分程度で終わった。Cafe Constantで一服。ここのところグルテンフリーを続けているが、絶食していたのでお腹が減ったので何か食べようと思ったが、全てのランチメニューがパンだった。その中に唯一オムレツとだけ記載されているものがあったので注文。他のメニューにはブリオッシュなり、カンパーニュなりと書かれていた。オムレツがテーブルに置かれた、オムレツの下にはスライスした一切れのカンパーニュが敷かれていた。

2026.6.1

 また喧嘩。喧嘩の発端は、ぼくが今週末の大事な仕事がある日に病院のアポイントメントを入れしまったからなのであるが、調子の悪い当事者という自分としては、まずは健康第一でありたいし、もう始まっている不調を解決するために急ぐというのは、何も間違っていないと思えてならないのであるが、彼女からすると死ぬような病気じゃないんだから予定の空いている日にアポイントメントを入れたらいいのではないかという話だった。しかし、日本と違って予約が取れるのが10日も先であれば、一番最短で空いているスポットで予約するのが調子の悪い当事者としては当たり前に感じるが、彼女にとってはそうではないらしい。納得いかなくなってイライラしてまたお腹に激痛が走る。

2026.5.31

 親密さは道具となり得るのか。とだけノートに書き記していたが、何を思ってそう書いたのかが全く思い出せない。筆跡や、書いた場所、時間などを思い返してみても、そこから連想させることがない。時々、友人と話していて、ある瞬間から一つ一つ会話を戻っていくということを試すのだが、それは時間を巻き戻すような行為をしているようでとても楽しいし、googleやiPhoneで出来ることではないし、自分たちの会話の流れや思考の巡りを旅するようでとても楽しい。何より、どの会話からどの会話へジャンプしたのかというその間にあるキーワードのような、トリガーのようなものを探す行為は人の世界の眼差しとか視点を教えてくれるような気がする。Noah Baumbach『While We're Young』の作中でAdam Driverがgoogle で調べずにみんなで考えよう、というシーンが好きで仕方ないのだが、それを頻繁に思い出す。ぼくは、頭を使うという現代においてはぼーっとしているとも言われかねないような時間を無駄にしているような行為を大切にしていたい。

2026.5.30

アクセスが100人ほどに戻ってきて嬉しくある一方で、日々の杜撰さを公開しているだけで、自分の言葉によって何か形を作るという言葉のあり方に侵されてはいないだろうか。自分の言葉で、自分自身を作り込んでしまってはいないだろうか。言葉は、物事に色を与えたり、方向性を決めたり、見え方を決めつけたり、心を狭めたりしてしまうのではないか。ぼくが一番恐れているのは、言葉によって縛り付けられた世界である。言葉は言葉として人々に豊かな思考の動きを即すものであって、決して何か物事や世界を決めつけるものであってはいけない。そういう点において、誤字脱字も崩れた文法も、全て正しい言葉として、文章は音楽のように、少なくともぼくが書く文章はそうあって欲しいと願う。

2026.5.29

2013年の始め、メルボルンに住み始めた頃、おそらく2ヶ月目くらいだっただろうか、Comme des Garconsのシャツを着ていたらカフェで男性に声をかけられた。名前は覚えていない。そして、ぼくもそれほど英語が話せなかったので、大した話をしたとは思えないのだが、声をかけてくれた男性がいくつかお店を紙に書き出してくれて行くべきお店を教えてくれた。そのうちの一つのお店のマネージャをしていたOliviaと友達になって、遊びに連れて行ってもらったり、仕事を紹介してもらったり、結果的に一緒に住むことにもなった。そして、JUN IWASAKI Tシャツを作った、という個人史があるのだが、その話ではなく、Comme des Garconsを着ていた時に声をかけられ曖昧な形をしていた街が、一気に具体的な形を帯び始めたという体験から、ファッションとは共通言語であり、コミュニケーションであるとぼくは強く信じていて、それがDover Street Marketで働いた大きなきっかけとなった。しかし、ぼくにとってファッションとはコミュニケーションであったはずが、オランダに来てから全くコミュニケーションツールとしての効果を持たなくなっている。田舎町にいるせいだろうか、国民性だろうか、それとも社会にとってもぼくにとってもそういう時代は過ぎ去ったのだろうか。何よりコミュニケーションを妨げるだけの何かをぼくが纏っているのかもしれない。
最近知り合った20代半ばの女の子と、好きなバンド、という話になった。Smerzが好きで今週末にBrusselまでライブに行くと言っていた。ぼくが、「Rewireのライブチケットすぐ売り切れてたね。そういえば、SmerzMVやライブ衣装はAugust Barronがやっているよね!音楽もすごくいい。NTSのマンスリープログラムも聴いてるの?」と話をしたら、彼女はライブ衣装やNTSのマンスリープログラムに関しては全く知らなさそうで、むしろそんなことはどうでもいい、何より現象が好きなんだ、というような感じで、共通の好きなバンド、という話はそれほど盛り上がらなかった。世代の違う二人の同じ事象の認識に対する違いというような、Noah Baumbachの映画にありそうな光景だなと恥ずかしくなり、その後一人でその光景を思い出してつい笑ってしまった。意味に対する重要性とか、物事の理解とか、理解の方法とか、深さとか、そういうものへの意識が全く違う。ぼくは、少し前までくだらない大人だなと思っていたような人間になりつつあるのだろうか。友人たちとの日々で魂を燃やすように生きる20代の女性と、人生の折り返し地点を曲がったぼくとでは、世界の見え方や捉え方、そしてどう自分の目の前に起きる日常を捉えたいかが全く違う。ぼくは人生の折り返し地点を曲がり、何かを一つくらいは理解して死にたいとでも思っているのだろうか物事の実体を掴もうと苦心するが、彼女は具体的な実体ではなく形状のない現象を、目で見るわけでも、耳で聞くわけでも、手で触れるわけでもなく、感覚で捉える。そこにある現象の上を踊るように生きる。コミュニケーションとは2人以上の間に起きる共感である。ファッションといっても、音楽といっても、物事は多面的である。
コミュニケーションの力の落ちたそんな情けない自分を擁護するならば、ぼくは現象として魂を燃やすように生きること以上に、意味を求めたり、構造を探求すること、実体を掴もうとすることに興味を持ちすぎていることには昔から変わりないのだ。
Claire Denis『Beau Travail(美しい仕事)』を鑑賞。内容への感想ではなく、ぼくも自分の過去を回想する作品を作りたいとずっと思っていることを思い出した。きっとそれはAnnie Hallの影響なのだろうが。10代の頃に、映画館で、『Mister Lonely』『Tokyo』を立て続けに観て以来、ドニ・ラヴァンにはずっと憧れている。