2100年の生活学 by JUN IWASAKI : 2026.8.2

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2026.8.2

東京の物語や、パリの物語を語ることは、その土地に住む人間に物語を生きているのではないかという喜びの錯覚を与える。例えば、多くの50-60年代のフランス映画監督が、Eric Rohmerがパリの若者を描いたり、大友克洋が『AKIRA』で東京を描いたり、村上春樹が『1Q84』で首都高3号線、東京インターから三軒茶屋あたりを描いたり、他にもほとんどと言ってもいいほどたくさんの作家が実際に存在する街の中で、物語を語っている。その事実をごく自然にぼくたちは受け取っているが、その自然さに誤魔化されているものの実は異常なことなのではないかとも思うのである。錯覚と書いたものの、それは錯覚ではなく実際に起きている、物語が語られるその場所に自分自身がいるので錯覚というべきではないか。土地を語ることは新しい物語を生きる人を生み出す。ぼくにもそんなことがしたいと思っているところもある。