2100年の生活学 by JUN IWASAKI : 2026.8.1

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2026.8.1

 ランニング。身体から生み出すリズム、例えば友人と話してるときに生み出される言葉の連なりや、ランニング中の息づかいなどは、自分を勇気付けるためのものであるなと走りながら考えていた。生きていると、どうしても他者の介入によって自分が捉えていたリズムを失うことがある。利他的な行為の重要性は必ず失われるべきではないということを大前提として、自分自身が捉えているリズムを失うときに人は調子が悪いという。生きていると、どうしてもそれらは自分の日常にも存在している。では、どのようにして自分からリズムを沸き起こすことができるだろうかというと、呼吸をすることであったり、自分の言葉を放つことである。ここで文章を書くことは、健康的だと思っているのは、ぼくが自分の身体に溜まりゆく言葉や思考をキーボードを叩くことでリズムとして放っているからなのではないか。同様に、ランニングで耳に入る足音や息づかいは、自分を勇気づけるためのものなのだ。きっと多くの人が無意識に実践している朝のルーティンなども同じである。いつでも自分がリズムを作って自分自身を勇気付け進んでいくこと。個人の身体は、決して他人に奪われることはなく、世界が終わりを迎えようとも、太陽が爆発しようとも、そこに身体が存在する限り、自分自身を勇気付けるだけのリズムを自分自身の身体を使って起こすことが可能なのではないか。幸せなら手をたたこうと坂本九は歌ったが、なんと素晴らしいのだろうか。身体があれば、そこからいつだってリズムを取り戻せるのである。