2100年の生活学 by JUN IWASAKI : 2026.5.4

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2026.5.4

 昨日は、1日寝込む。今日も朝からずっと寝ているとそれはそれで辛く、寝過ぎて身体が痛い、血の巡りが悪いという状態。夕飯におじやを食べる。聖子ちゃんに「外の空気を吸うついでにステラの散歩に行ったら?」と、暗にステラの散歩に行って欲しいと言われる。彼女はいつだってぼくは寝込んでいるにも関わらずそういうことを平気で言ってくるのであるが、ぼくも何かを言い返す元気もなかった。フルーツでも買いに行こうと思っていたし、何よりもステラにいつ「来世は交代な」とブラマヨ吉田の話に出てきた犬の最後の言葉を言われてもいいように、ステラに対しては自分自身を律するようにしているので、散歩に行こうと思っていたが、それでもよしっと気合を入れるだけの力がなかったり、自分でやろうと思っていたことをいちいち人に言われると気が滅入るというような性格が邪魔をして、さらにぐったりしてしまった。でも、行くしかないと思って、ほとんど2日ぶりに服を着て、ステラと一緒に家を出た。
家に帰ると、さっきとは全く違う感覚がそこにはあって、彼女はぼくのことを見透かしていたかのように「外の空気を吸うついでにステラの散歩に行ったら?」と提案してくれていたのだと思うと、自認と他己認識の違いの大切さを思い知らされた。自分というものはとても自分に甘いし、いつでもいいわけや何かそれを免除される理由を探す、特に体調が優れない時や気分にない時には。それはある人にとっては会社というものであったり、月謝を払ってしまったジムだったり、営業時間を設けたお店だったりする。社会というものは自分自身を支えるものとして具体的に存在している。その後、聖子ちゃんの誕生日にと買ったJasper Morrisonのシーリングランプを取り付ける。