朝6時に起床し、カメラを持って街を歩く。昨日は6時半に起きたにも関わらず、すでに遅くなっていたので、さらに早く起きた。と言っても6時半が早いと思っているのは、毎日8時に起きているぼくにであって、珈琲屋やパン屋、アナウンサーなんかはもっともっと早く起きている。
街を歩いていると、ある時期からこの街は観光客を呼び込むことでしか、街を維持することができなかったのではないかと思った。細く静脈のように広がる運河があり、建物がその景色を遮るようにびっしりと立ち並ぶこの街の構造や環境から、最も簡単に劣悪な生活環境や治安になるだろう。観光客を呼び込むことでしか治安を維持することができなかったのではないか。そんなことを考えると、ぼくはこの街が一時期からどれだけ観光で失敗したと言われようとも、それがその街を維持するために必要であった美しい国の彼らのことが気の毒になる。もちろん同情することは正しいことではないだろう。
午前中にPeggy Guggenheim Collectionへ。その後、誰も何の不安も抱かないほどに快晴だったので、ふらふらと歩いているとGelateria Nicoがあり一服。今月オープンしたばかりのレストランDo Faraiでカルチョーフィのフリットと、ボッタルガのスパゲットーニ、トスカンケールとフィオラーロのスパゲットーニ。その後、Brunoとマイさんと街を散策。Pasticceria Rizzardini、Yali Glassなど。
BrunoがGoogle mapを紙の地図を使うように使っていて、ぼくがいかにただ歩く行為をタスクのように自分自身に課しているのかと思った。誰もそんなことは思わないかもしれない。昨日見た女性とは真逆の思考を持っていた。
街を歩いていると、ある時期からこの街は観光客を呼び込むことでしか、街を維持することができなかったのではないかと思った。細く静脈のように広がる運河があり、建物がその景色を遮るようにびっしりと立ち並ぶこの街の構造や環境から、最も簡単に劣悪な生活環境や治安になるだろう。観光客を呼び込むことでしか治安を維持することができなかったのではないか。そんなことを考えると、ぼくはこの街が一時期からどれだけ観光で失敗したと言われようとも、それがその街を維持するために必要であった美しい国の彼らのことが気の毒になる。もちろん同情することは正しいことではないだろう。
午前中にPeggy Guggenheim Collectionへ。その後、誰も何の不安も抱かないほどに快晴だったので、ふらふらと歩いているとGelateria Nicoがあり一服。今月オープンしたばかりのレストランDo Faraiでカルチョーフィのフリットと、ボッタルガのスパゲットーニ、トスカンケールとフィオラーロのスパゲットーニ。その後、Brunoとマイさんと街を散策。Pasticceria Rizzardini、Yali Glassなど。
BrunoがGoogle mapを紙の地図を使うように使っていて、ぼくがいかにただ歩く行為をタスクのように自分自身に課しているのかと思った。誰もそんなことは思わないかもしれない。昨日見た女性とは真逆の思考を持っていた。