2100年の生活学 by JUN IWASAKI : 2026.2.26

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2026.2.26

François Truffaut 『Tirez sur le pianiste(ピアニストを撃て)』鑑賞。もう少し映画を観たこと、読んだもの、展示で見たものをきちんと明記することが必要な気がする。自分自身の作品を考察する意味でも、その作品をなぜ作ろうと思ったのか、日々見ていたものから無意識に影響を受けていたのかなども、蓄積していくこの文章はきちんと理解するための記録となる。
ここのところここに書く文章が、内省的なものが多くなってきたが、決して内省的なことだけがぼくが描きたいことではないはずだ。朝何時に起きたか、何を食べたかだけの物語にはしたくないが、一方でそれが続くだけでもそこに事象がある限り想像力は掻き立てられる。

昨年末にM1の決勝を鑑賞した時にも思ったが、ぼくはやはり即興的なものも好きだがそれと同様に推敲された作品が好きだと思った。わかりやすく言うなら、即興的な大喜利と、推敲された漫才というような違いだろうか。
ぼくは、これまでは、どちらかというと「日常的に心がけること」や「意識すること」、「常に何かを考察すること」によって、無意識の中で即興的に良いものが作れるという姿勢を持っていたし、それを良いものと自負があった。他を認めようとはしなかった。しかし、どうだろうか。今、ぼくはヨーロッパで腕力勝負みたいなものをしているような、野蛮な人間のいる国にいると、もしくは即興性と即時性ばかりで競っているような時代の流れの中で、漫才的なもの、推敲の中で必要とされる忍耐力や観察眼や自分の決意など、人間が言葉を抑えることにして伸びていくようなものに、人間の平等性を感じ、それがぼくの新しい美学として培われているように思えてならない。