朝ごはん食べて、お茶して、昼過ぎまでのんびり家で過ごす。この2年ほどで多くの友人がこの海のある田舎町に遊びにきてくれたがあまりどこにも行かず家の中でのんびりしているだけなので、時々友人の有限な時間とここに来るまでに頑張ってきた時間やお金のことを考えると心配になるが、それはその過ごし方を満喫しているのであって、別に20代の頃のようにあれこれとお店を訪れたりする必要に駆られていないのかもしれない。多くのものをインターネットや本を通じて目にしている現代において、どこかに行って確認作業のようにチェックを入れに行くくらいならば、遠くにいる友人の家のダイニングテーブルを囲んで何千年前から当たり前にそこに存在する太陽の日差しを浴びたり、16世紀に描かれたのと同じように広がる曇り空を眺めたり、会話をしたりしていることの方がよっぽど肌で思考することに繋がるのだろうか。もしくはただの年齢のせいだろうか。Kunstmuseum Den Haagに行き、ビーチ沿いにあるhitoで夕陽を浴びながら過ごす。マーケットでムール貝を買って帰る。今中は仕事が溜まっているというので、なんとなく気が気ではないという感じだった。人にとって、自然と身体に蓄積されるものは仕事の一部だろうか。ぼくは強くそう思っているし、生活とは仕事である。