2100年の生活学 by JUN IWASAKI : 2025.12.11

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2025.12.11

朝、八丁堀の三木さんのところで名刺を受け取り。その後、Dover Street Market Ginzaへいき、元上司の荒木田さんと同僚たちとランチ。もう会社を辞めてから2年も経っているというのに相変わらずこうやって迎え入れてくれることはとても嬉しい。Bronica RF645を手に入れた。これで新しい作品の制作ができるような気がしている。良くも悪くも、カメラが違う角度や視点をもたらしてくれる。それは、カメラが物質であることと、身体性を伴うものであるからだと思う。その後、清澄白河のカフェで開催されたStandart Magazineのオープニングへ行き、seikatuへいき明日から始まるぼくの展覧会I MURI IN ITALIAの設営。多分もう21時を過ぎていた頃だった。つのぴーとちゃっぴ、ひとみちゃんがすでに設営してくれていたので、参加。ひとみちゃんが夕食を食べていないとのことだったので、近くでラーメンを一緒に食べた。ぼくは設営が終わらないことを危惧していたので腹はとても減っていたがラーメン並みを注文。ひとみちゃんは仕事終わりだったこともあり、ラーメン並、ライス、餃子を注文。21時半むしろ22時近くだったと思うのだが、そんな時間からこの量を食べるひとみちゃんにぼくはかなり驚いたし、それが当たり前のようだったことにさらに驚いた。自分の感覚がいかに30代半ばで老化し始めているかを感じた。ひとみちゃんは久しぶりに会ったから募る話があったり、おしゃべりなので食べるのが遅かったり、すごい量の食事を食べることであったりで、さらにいうまでもないが主に話すのはひとみちゃんなので、そのお椀に入ったラーメンや餃子、白ごはんは一向に減る気配を見せず。ぼくがラーメン並みを15分くらいで食べ終わった後も、30分くらいひたすらに話を聞いていた。途中、ぼくが手持ち無沙汰に飲み干した空っぽのラーメン椀を目の前にしてもなお、彼女は端を置いて話していた。話は、結局ひとみちゃんの仕事のことだったりするので、状況も状況だったので申し訳ないがほとんど頭に入ってこなかった。食事をして、ひとみちゃんはさらにタバコを吸いたいと言った。ぼくは吸わないので、食後の一服の感覚は全くわからないが、正直ここまで自分のリズムで生きれる人間がいることに少し羨ましくなりながら、タバコを吸う姿を眺めていた。seikatsuに戻ったがもちろんそれほどの進捗があるわけでもなかった。結局、その後少ししてひとみちゃんは帰った。終電を過ぎても設営が終わらずひと段落したのが、多分27時半くらいだった気がする。つのぴーをタクシーにのせ、ぼくとちゃっぴは別の方向に向かった。