2100年の生活学 by JUN IWASAKI : 2025.11.29

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2025.11.29

朝、吉田くんの家の近くのカフェでコーヒーを飲んだ。そのカフェには英語でコミュニケーションする方が得意な男性の店員がいた。吉田くんは彼と英語で簡単な会話をしていて、彼がロンドンに行ったこと、そして日本に帰国し自分の持っていた道を続けることを選択したこと、私生活での決断など、新しい新しくはない場所で自身の選択を肯定するかのように生きているその姿を羨ましく見ていた。それが彼が「店員と英語で話す」という単純な行為によるものではなく、おそらく彼の2-3年前にはなかっただろう、一人の人間としての具体的な意識というか、異文化で過ごす中で人が受け取る感情であったり、誰もを人として接することであったり、から来るものであったように思う。おそらくその当たり前に存在する会話には深い意味はないだろうし、彼自身もそして店員自身にも何も深い感情はないだろう。友情や傷の舐め合いでもない。ただ、お店に入って挨拶を交わして、帰り際に簡単な挨拶をしただけのことである。しかし、本来彼が持っていただろう誠実さ、もう少しきちんというと、抱き続けているようにみえる誠実にいようとする心もちが、自身の冒険体験を通じて広がったように見えて、ぼくにはとても羨ましく感じられた。
明大前から二人で話をしながら歩いてVacant/Centreへ。途中、いくつかのお店に立ち寄り買い物をする。Vacant/Centre在廊後、Audreyさんの誕生日会に参加して、LottaCiroと麻布のたじまで夕食を食べた。夜、吉田くんの家の近くの銭湯に行く。