朝一番の新幹線に乗り込み東京へ。12月3日までの滞在。代々木に直行。Vacant/Centreで三好耕三展覧会『A Long Interview with Kozo Miyoshi』が始まる。自分たちが作った本のタイトルが冠になった展覧会が企画されることは、小さいながらにも山椒のようにピリリと社会に何か変化や気づきを与えられる可能性を生んでいるのではないかと思える。子供や犬に名前をつけるように、ものに名前がついた時、ものが一気に社会性を帯びたものへと変化し始める。それが単体のものでなくとも、形の見えない何かの集合体であれば、名前を付けると一つの個体のように浮かび上がるのである。今回集められた耕三さんの写真群にはA Long Interview with Kozo Miyoshiという名前が付けられた。その名前によって人々が目に映らない不確定な集まりを認識し始めることになった。大袈裟かもしれないが、Vacant/Centreの会場に入り、16枚の写真が並ぶ光景を目にしてぼくにはそう感じられた。
18時からの畑中章宏さんと耕三さんのトークは満員御礼、大盛況。さまざまな感想を聞いたが、人の個人的な感想以上に、そのトークが議論を巻き起こしたり、想像力を深めるきっかけになったり、良くも悪くも心が揺さぶられたり、次回への布石になったり、するのであればそのトークというものの成功だと言えるだろう。そこで語られた全てが正しいものでなくとも、癪に触るもので合っても、心にもやっとした違和感を残したとしても、それが聴衆が自分の意志や意見を決める一つの軸を作ったというのであれば偉大な行いであると思った。言語とはそんなものである。その後、根津に行きちゃっぴのギャラリーseikatsuの施工手伝い。TOO MUCH辻村さんとそこで待ち合わせし、23時ごろだっただろうか、帰宅。吉田くんの家に泊まる。
18時からの畑中章宏さんと耕三さんのトークは満員御礼、大盛況。さまざまな感想を聞いたが、人の個人的な感想以上に、そのトークが議論を巻き起こしたり、想像力を深めるきっかけになったり、良くも悪くも心が揺さぶられたり、次回への布石になったり、するのであればそのトークというものの成功だと言えるだろう。そこで語られた全てが正しいものでなくとも、癪に触るもので合っても、心にもやっとした違和感を残したとしても、それが聴衆が自分の意志や意見を決める一つの軸を作ったというのであれば偉大な行いであると思った。言語とはそんなものである。その後、根津に行きちゃっぴのギャラリーseikatsuの施工手伝い。TOO MUCH辻村さんとそこで待ち合わせし、23時ごろだっただろうか、帰宅。吉田くんの家に泊まる。