2100年の生活学 by JUN IWASAKI : 2025.11.27

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2025.11.27

免許を失効してしまっていたので、朝から羽束師の免許場にいく。8時半に必ず受付をしないといけないということで、出勤時間で渋滞することも加味して、朝7時に父の車に乗りこみ、急いで家を出た。住民票がないので、かなりたくさんの書類を用意する必要があり、さらには滞在している人に一筆書いてもらう必要があるということだったので、昨日母親に手紙を書いてもらって、母の住民票も用意した。
しかし、到着して鞄を開けてみると、入れたはずの住民票が見つからず、結局どれだけ交渉しても書類不備で免許更新出来ず。自身への落胆以上に、父の落胆する姿に申し訳なさを感じながら、京阪淀駅まで送ってもらい、電車に揺られ丹波橋で立ち食いそばを食べた。経営は変われど中学生の頃からずっとここには立ち食いそば屋が存在する。昔から、お腹が減ったら乗り換え駅だということもあり頻繁に立ち寄っていた。経営も変わっているし、老舗でもないもんだから、同じ味だとか、懐かしい味だとかそういうものではない。しかし、それでも同じ場所で同じようにそばを食べられることに嬉しい気持ちになった。市内に出て、イノダコーヒー三条店へ。改装されてから初めて行ったが、朝10時にカウンターに座っていると、ぼくは人生で色々なものを失っているのかもしれないと思わされた。常連の振る舞いや、店員さんのピリッとした働き方、至る所までピカピカに磨かれたカウンターとキッチン。ぼくは、これを一年に1度か2度ほどしか、それも異邦人としてしか、味わえずに人生を過ごすことで、人生がぼくに与えてくれるものをぼくは受け取ることができるのだろうかと悩んでしまった。コーヒー一杯とかではない、珈琲店だとかそういうもの以上に土地と反復によって蓄積された時間、人々の行動規範とか、全てがここではテーブルに並べられていていつでもそれが手に届くところにあるように思えた。
CarmenAnneとパートナーと志る幸へ。これを美味しいとか思ってもらえるかどうかわからないらのを人に勧めるのがぼくは趣味の一つだと言ってもいいだろう。彼らは古典好きて満足感を得ていないようにも見えたが、それでもぼくとしては人生の経験として、ぼくの独りよがりなおすすめとしても、彼女たちと一緒に利休弁当を食べられたのは嬉しい。河井寛次郎記念館に行き、その後カフェ工船に行き、別れた。ぼくは、明日から東京に行くが、その後、諸々の買い物をして帰った。今回の3週間の滞在の間、あまり実家でゆっくり過ごすこともできないので、夕飯はできるだけ実家で食べたいと思っていた。