2100年の生活学 by JUN IWASAKI : 2025.11.25

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2025.11.25

サービスが度を超える、そのサービスがある人のタスクになり、必要としていなくても「サービス」という仮面を被ったタスクによって行われる。ぼくがどれだけ集中してイヤホンをして周りの乗客をキーボードを叩く音で苛立たせてしまうほどに黙々と日記を書き記していたとしても、その手を止めさせて、イヤホンを外させて、作業を遮ってまでその小さな一つのチョコレートを渡してくれる。過度なサービスというものもあるが、これは、「過度なサービス」を通り越えた「タスク」である。
客のせいだろうか、それとも客に怯えるサービスする側のせいだろうか、もしくは成熟した社会が拗らせ始めるその構造自体の問題だろうか。