2100年の生活学 by JUN IWASAKI : 2025.10.23

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2025.10.23

 帰国するからといって日本づいてしまって、お米を炊いたり、冷蔵庫のなかに大切にしていた岩のりを遠慮なく食べたりしている。その心の動きがどうも不健康だなと思った。もう少し自分の心に正直に岩のりを食べたい。そもそもここで岩のりを食べるなんてことさえもが奇妙ではあるのだが、もうそんな時代でもないようにも思う。そんなこと言ったら、スパイスがインドからイギリスに持ち込まれた時にはとても奇妙だったのだろう。しかし、世界は開いた。それでもこの土地の形になっていると今を住むぼくは思う。
さらに、食べたいものに話をするが、「あのお店のこれ」と、わざわざその場所まで食事をしに行くと本当に旅行で来たような気分になってしまうし、今いる海のある田舎町からのギャップに驚いてしまうだろう。そういう意味では、名店に行くよりも、住んでいた頃に足繁く通っていたお店や自分が育ったお店を訪れ、自分の変化に敏感になることはとても大切なと思うのである。何か自分の物差しとなるものとしての街の見方。書き加えるとすると、足繁く通っていた場所が名店だということももちろんある。