今更だが、いつからか都市名を英語表記してしまっている。
「作家や店の名前、友人の名前は、英語表記。映画や曲名は英語表記。邦題があれば邦題。都市名は、カタカナ。」
と目に入る場所に書き記してあるにも関わらず、だ。
ということで、今日から再びマルセイユはマルセイユと表記する。
マルセイユまで、車で行くことになった。Bla Bla Carというアプリがあり、ドライバーがピックアップ場所と行き先とを表示して、アプリ上で乗客を募る。もし、その場所が都合よければ連絡をして予約をする。大体、ドライバーは融通が利かないことが多く途中でおろして欲しいとか、そういうこともない。合理的なヒッチハイクのようなもので、以前にも何度か利用したことがあった。フランス発のアプリである。今日は50代後半のモンペリエに住む金髪の夏らしいドレスを纏った女性。あまり英語ができないようで、大学で4年間勉強し、フランスに2年住んだフランス語で話す。アルルからマルセイユまでの田園風景を走る間、ラジオからクラシックコンサートが流れていた。夏の朝11時ごろの光を浴びた流れ行くアブストラクトな緑の風景と、ACの効いた調子のそれほどエンジンの調子の良くない車内で流れるクラシック。60sフランス映画のようで、無言でIPhoneも触らずにその時間を噛み締めていた。ぼくは、母親が夏の昼下がりに、午前中に用事を済ませ家の掃除などを終え、お茶を飲みながらテレビで映画を観ていた風景をよく思い出す。本当にそんな風景があったのかは正直にいうと具体的には覚えていない。しかし、その画面に映るのはいつでも古びたヨーロッパのカラー映画か、白黒映画だった。タイトルが何だったかは知らない。その後の話から考察するにゴダールやトリュフォー、ヒッチコック、ジャック・タチとかその辺りだったのだと思う。それがぼくの原風景の一つだと時々思い出すのだが、今日のこの1時間ほどの時間の中で、ぼくは母親がぼくに与えてくれたような誰かの原風景を作りたいのだろうと思った。
「作家や店の名前、友人の名前は、英語表記。映画や曲名は英語表記。邦題があれば邦題。都市名は、カタカナ。」
と目に入る場所に書き記してあるにも関わらず、だ。
ということで、今日から再びマルセイユはマルセイユと表記する。
マルセイユまで、車で行くことになった。Bla Bla Carというアプリがあり、ドライバーがピックアップ場所と行き先とを表示して、アプリ上で乗客を募る。もし、その場所が都合よければ連絡をして予約をする。大体、ドライバーは融通が利かないことが多く途中でおろして欲しいとか、そういうこともない。合理的なヒッチハイクのようなもので、以前にも何度か利用したことがあった。フランス発のアプリである。今日は50代後半のモンペリエに住む金髪の夏らしいドレスを纏った女性。あまり英語ができないようで、大学で4年間勉強し、フランスに2年住んだフランス語で話す。アルルからマルセイユまでの田園風景を走る間、ラジオからクラシックコンサートが流れていた。夏の朝11時ごろの光を浴びた流れ行くアブストラクトな緑の風景と、ACの効いた調子のそれほどエンジンの調子の良くない車内で流れるクラシック。60sフランス映画のようで、無言でIPhoneも触らずにその時間を噛み締めていた。ぼくは、母親が夏の昼下がりに、午前中に用事を済ませ家の掃除などを終え、お茶を飲みながらテレビで映画を観ていた風景をよく思い出す。本当にそんな風景があったのかは正直にいうと具体的には覚えていない。しかし、その画面に映るのはいつでも古びたヨーロッパのカラー映画か、白黒映画だった。タイトルが何だったかは知らない。その後の話から考察するにゴダールやトリュフォー、ヒッチコック、ジャック・タチとかその辺りだったのだと思う。それがぼくの原風景の一つだと時々思い出すのだが、今日のこの1時間ほどの時間の中で、ぼくは母親がぼくに与えてくれたような誰かの原風景を作りたいのだろうと思った。
今日から2泊Unite D’Habitationに泊まる。
屋上で見た光景。ソバージュヘアの受付の若いフランス人の女の子、Charlotte Perriandのカウンターの鏡越しに見える青い水平線、ギャラリーの静まった空気、こんな絵をぼくも心の中に抱いていたいと思った。
建物内巡りもそれほどにビーチに行き、水に浮かぶ。Unite D’Habitationの屋上でドリンクをしながら陽が沈んでいくのを眺めた。住人たちもドリンクを持って食事をしにきていた。ギャラリーのオープニングレセプションが行われていてぼくが19歳の頃にPompidou Centerの地下のレセプションに誘ってもらった時の若くて無敵な空気を思い出した。
屋上で見た光景。ソバージュヘアの受付の若いフランス人の女の子、Charlotte Perriandのカウンターの鏡越しに見える青い水平線、ギャラリーの静まった空気、こんな絵をぼくも心の中に抱いていたいと思った。
建物内巡りもそれほどにビーチに行き、水に浮かぶ。Unite D’Habitationの屋上でドリンクをしながら陽が沈んでいくのを眺めた。住人たちもドリンクを持って食事をしにきていた。ギャラリーのオープニングレセプションが行われていてぼくが19歳の頃にPompidou Centerの地下のレセプションに誘ってもらった時の若くて無敵な空気を思い出した。