2100年の生活学 by JUN IWASAKI : 2025.5.24

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2025.5.24

文章を書いていると大体煮詰まるので、そんな時はひたすら散歩する。とにかく散歩だけが、頭を回転させてくれるような気がする。お風呂に浸かったりする人もいるというが、うちにはあいにく湯船がない。
斜めから照りつける夕日が街をオレンジに染めるので、ぼくはその中でステラと一緒に川沿いの縁石に腰を下ろし夕日を眺めていた。ぼくたちも街を構成する木々や均一に立ち並ぶ建物と同じくオレンジに染まっていただろう。空気を舞う綿毛や花粉、ダストが夕日に照らされ街にユニークな柔らかさを届けていた。それらがなければ街にまだ残る柔らかな光の存在さえも気付かないだろうと思わされるほどに、夕日に照らされた綿毛やダストが光そのものであるように思えた。夜、ぼくがベッドで本を読んでいると、ステラが寝る前にベッドにやってきた。ベッドの上から見ていると「ベッドに飛び乗っていいか」という素振りを見せた。普段ならダメだということを伝えるが、今は聖子ちゃんもいないし、ステラもなんだか寂しそうだったので、何も言葉を出さなかったが、心の中でベッドへ誘った。すると、その手のことへの理解だけは特段早いステラは間髪入れずにベッドに飛び乗ってきて、寝転んでいるぼくに身体を寄せた。話しかけた。1週間はどうかとか、オランダの生活はどうかとか、聖子ちゃんは日本で仕事をしているんだよということ、帰ってくるんだよと、彼女が話さないことを知っているとは思えないほどにきちんと話しかけた。そのまま抱きしめた。彼女は先の見えない寂しさと戦っているのだ。これから何が起きるか、どんな未来が待っているのかを彼女は知らない。犬が未来から過去へ流れる時間軸の中を生きているという説を信じるのならどんな未来が待っているのかを知っていいるだろう。ステラの温かさがぼくの身体に染み込む。生き物をベッドで抱きしめたのが随分久しぶりだった気がした。抱き枕を使って寝ている人がいるというが、なんとなく理解できるような気がした。抱きしめるという行為は、人間の心の強張りを剥がしとる。未来を不安に思うことをもう諦め、ぼくと一緒に生活するという決心がついたような感情を彼女の体温から感じた。「おやすみ」というと一目散に自分の家に戻って行った。寝る前の挨拶をだったのだ。