朝、渡邉さんと一緒にBartine Bakeryで食事をして、シティセントラルまで散歩。昨晩、どんな話だったのか株式会社Edithonのエマさんが隣町デルフトに住んでいることがわかり正午12時から会うことになった。渡邉さんは久しぶりの再会で、ぼくは初対面。株式会社Edithonの方と今年の最初にメールをしていたので、このタイミングで会えるのも不思議な縁だなと思った。前日の夜中に連絡をして翌日のお昼に会いに来てくれるなんて、フットワークの軽さを見習わなければ。渡邉さんはそのままロッテルダム行きの電車に乗りこみ、パリに帰った。
友人がデン・ハーグからいなくなる時、いつもぼくはこの刺激のない土地に取り残されたような気持ちになる。デン・ハーグにある学校に行ってる訳でも、仕事がある訳でも、実家がある訳でもない、この土地に住むことを強制されている訳でもない。それでもぼくはどんな理由であれこの土地を選び、この街を今の住まいとしている。自分の意思で選択しているにも関わらず、この土地に取り残されたような気になるのである。友人たちは各々次の目的地へと勇敢さと希望を持って向かい、ぼくはこの土地に取り残される。どこまでも平坦で、共産主義国家のような変わり映えしない街並みが延々と続き、くすんだ青色をしたビーチのある街に、彼らが置き土産のように残していった感情と共に取り残されるのだ。
毎回、渡邉さんに会うと、まさに青いレンズのサングラスをかけて海を眺めている時のように、自分の日常の風景は突然ある種のドラマを纏う。帰り道、いつもの気の上がらない街の風景も、通ったことのない街路が呼びかけてくるような気がして、聖子ちゃんとステラと迷い込んだ。この街では、外食なんてほとんどしないのに、気づいた頃には中華街にある東北料理のお店で水餃子を食べていた。店の中には、ぼくたち以外には誰一人としていなかったが、普段は賑やかであることを簡単に想像させるようなテーブルの配置だった。キッチンからは中国語の笑い声だけが聞こえ店の中にこだましていた。窓の外を眺めても、見たことのない風景があった。聖子ちゃんは、「ロンドンのSOHOの中華街のようだね」と言った。こんなに人がいないSOHOの中華街はないけれど、ぼくもそう思った。高校3年生の時に、内部進学ではあるものの、簡単な大学進学の面談があった。文学部美学芸術学科に進学する志望理由を聞かれ、「物事を違う角度から考察できる人間になりたい、芸術こそが人々に新しい視座を与えていると思うから、芸術を勉強したい」と言ったことを思い出した。渡邉さんは、ぼくたちにこの街の新しい視座を与え、凝り固まった先入観をとっぱらい、ミントの根のように勢いよく育ち根詰まりしたかのようなぼくのお尻に生えた根をちょん切ってしまったのだろうか。
友人がデン・ハーグからいなくなる時、いつもぼくはこの刺激のない土地に取り残されたような気持ちになる。デン・ハーグにある学校に行ってる訳でも、仕事がある訳でも、実家がある訳でもない、この土地に住むことを強制されている訳でもない。それでもぼくはどんな理由であれこの土地を選び、この街を今の住まいとしている。自分の意思で選択しているにも関わらず、この土地に取り残されたような気になるのである。友人たちは各々次の目的地へと勇敢さと希望を持って向かい、ぼくはこの土地に取り残される。どこまでも平坦で、共産主義国家のような変わり映えしない街並みが延々と続き、くすんだ青色をしたビーチのある街に、彼らが置き土産のように残していった感情と共に取り残されるのだ。
毎回、渡邉さんに会うと、まさに青いレンズのサングラスをかけて海を眺めている時のように、自分の日常の風景は突然ある種のドラマを纏う。帰り道、いつもの気の上がらない街の風景も、通ったことのない街路が呼びかけてくるような気がして、聖子ちゃんとステラと迷い込んだ。この街では、外食なんてほとんどしないのに、気づいた頃には中華街にある東北料理のお店で水餃子を食べていた。店の中には、ぼくたち以外には誰一人としていなかったが、普段は賑やかであることを簡単に想像させるようなテーブルの配置だった。キッチンからは中国語の笑い声だけが聞こえ店の中にこだましていた。窓の外を眺めても、見たことのない風景があった。聖子ちゃんは、「ロンドンのSOHOの中華街のようだね」と言った。こんなに人がいないSOHOの中華街はないけれど、ぼくもそう思った。高校3年生の時に、内部進学ではあるものの、簡単な大学進学の面談があった。文学部美学芸術学科に進学する志望理由を聞かれ、「物事を違う角度から考察できる人間になりたい、芸術こそが人々に新しい視座を与えていると思うから、芸術を勉強したい」と言ったことを思い出した。渡邉さんは、ぼくたちにこの街の新しい視座を与え、凝り固まった先入観をとっぱらい、ミントの根のように勢いよく育ち根詰まりしたかのようなぼくのお尻に生えた根をちょん切ってしまったのだろうか。
メニューに載っていた写真とは全く違う見た目の料理が出てきた。白いご飯の横に焼き豚とパクチョイが添えられている写真だったが、テーブルに置かれた皿はコッテリとした黒いソースで覆われていた。写真と実物が違うことを伝えることさえをも野暮で全てを諦めさせるほどに違っていた。
水餃子とその黒い料理を食べた後、別に頻繁に通っている訳ではないが、今年に入ってから行くようになった古着屋でTシャツを買って、さらにキロマーケットで溢れる洋服を物色。二人とも黙々と根気よく何かを探していた。ぼくは長年Levis501のW31を愛用しているのだが、店に並んでいたW32を両手でベルトループをつかみ顔の前に持ち上げてみると、その見慣れたものよりも余白があり、今の自分の気分に合うような気がした。試着はしなかった。
水餃子とその黒い料理を食べた後、別に頻繁に通っている訳ではないが、今年に入ってから行くようになった古着屋でTシャツを買って、さらにキロマーケットで溢れる洋服を物色。二人とも黙々と根気よく何かを探していた。ぼくは長年Levis501のW31を愛用しているのだが、店に並んでいたW32を両手でベルトループをつかみ顔の前に持ち上げてみると、その見慣れたものよりも余白があり、今の自分の気分に合うような気がした。試着はしなかった。