2100年の生活学 by JUN IWASAKI : 2024.12.31

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2024.12.31

大晦日は忙しい。自転車を走らせ、フィッシュマーケットへ行き、鯛がなかったのでヨーロッパヘダイを買う。新年はおばあちゃんの家で集まるのだが、日本にいない時は鯛を焼いている。去年は、鯛を洋風に調理するか、塩焼きにするかで聖子ちゃんと喧嘩になった。今年は、もうぼくが料理をすることで決まっている。明日のお雑煮の仕込みをする。
個人主義のこの国では列があるわけでもお店に到着した順番でもなく、我先にと人がごった返しただ溢れかえるようにして手を上げる。もちろん、列のあるお店もある。しかし、多くのものは列がなくただただ溢れかえっている。目立つものと声の大きいものが強者として生き残り、小さく声の小さいものは、萎縮しているか躊躇している間に流れに飲み込まれて荒野に追いやられる。ぼくが育った日本では、いやぼくの育った時代や環境はという話だが、列を作る、周りを見渡し先に来ていた人に声をかけて譲るなど、周囲への配慮と顔や空気を読みながら場を把握することで社会を成立させているようなところだったが、個人主義のこの国では、我先にと順番も平気で抜かされる。何か言おうもんなら、ぼくが文句を言ったかのような表情で、「え、そうだったの。そんなに急いでるなら先にどうぞ」と優等生が正論を正義として振りかざすかのように言われる。この時、ぼくは、言葉がなければこの世の中には何も存在しないのだろうか、とよく思う。この世界は、言語よりも実存が先立つのか、もしくは言語によって世界を認識するのだろうか。「え、そうだったの。そんなに急いでるなら先にどうぞ」などと言われると、文句が言いたかったわけではないぼくは、なんとも言えない気持ちを抱えることとなり、その感情をどう昇華すればいいかに苦心する。認識のない人に言ったことで何も解決しないし、ぼくの場合は、「じゃあ先に行かせてもらうよ」という程にも急ぐ予定もないので、そうであれば言うべきでもないのかもしれない。しかし、だ。これは、オランダに来てから、頻繁に経験しては、なかなか自分の心との折り合いをつけることができずにいることの一つだ。言語なき実存を信じていたようなぼくには、自分でもこの国でどのように世界を見ようとすればいいのか、答えを見つけられずにいるが、虚勢を張らずに謙虚に堂々と立っていれば自分の見方でこの土地での生活を捕まえることができると信じて、その方法でこの土地に馴染めるように両足をしっかりと地面につけていたいと思う。
大晦日は、ずっと何かを食べ続けたいので、サラミやチーズやスペインで買ってきたイベリコハムを切って食べ続ける。お腹がはち切れるほどに膨れ上がる年末年始がぼくは好きだ。腹をパンパンにし、静謐さをもった空気の中に身を置くのが好きだ。日本のお正月やこちらのクリスマスなんかはそうだ。ちゃっぴがアムステルダムから19時ごろ帰ってきたので、そのままなんだかんだとつまみ、22時ごろからそばを茹でて年越しそばを食べる。街の至る所でバンバンと銃声のような音と共に光が打ち上がる奇妙な年越しをする。昨年経験したアムステルダムの花火とは桁が違った、かなり表現は時代や社会の情勢を無視しているが、デン・ハーグのこれは過激派の銃撃戦である。カウントダウンが始まり、聖子ちゃんとステラとちゃっぴとみんなで道に出た。幸い近くでは打ち上がらなかったこともあってか、寒空に360°どこを見ても乱発される花火を眺めながら、車道のど真ん中に立ち、妙な静謐さを感じた。ステラはもう気が狂いそうだったので、聖子ちゃんと先に帰り、ちゃっぴとぼくは街中で打ち上げ続けられる花火の鑑賞がてらPompernikkelに新年の挨拶に行く。鑑賞と書いたけれど、鑑賞なんて生半可なものではなくはっきり言ってあれは暴動だった。路上の至る所に炎が転がっているのだ。日々蓋をされている臭いものが一気に吐き出されたような光景を目の当たりに、ちゃっぴは、「オランダという国が築き上げてきた社会の寛容さを見せつけられている」と言っていた。

毎年一年を振り返って日記を書きたいと思うが、そんなことを書こうにも、今日は今日であり、今日もぼくが世界を見ようとする限り、思考は巡るのである。暦の上では年の最後であるが、巡る時間の中の1日でもある。今年の最初に、これをした、あれをしたとつらつらと書くような日記ではなく、日々起きた出来事から自分の思考や感情を記録するような日記を書きたいと思っていると書いたが、どうだっただろうか。まあ今年だけではなく、書き始めた当初からいつも思っているのだけれど。それでも少しくらいは自分の思考を言語化することができたのではないか。
今年もここを訪れることを楽しみにしている人が少なからずいるということを実感し、時々声をかけてくれる人たちがいることで、後押しになり、休んでしまっても歩を進めることができたと思っています。少し突っぱねるようではありますが、誰かのために書いているわけではなく、ぼくはただ思慮深く、人生や社会が与えてくれるものを自分自身がきちんと受け取ることができるのかを試みているのです。それを試みることは、未来の人間に対する責任でもあります。その中で、ぼくが作るものが誰かの背筋を伸ばすものになったり、戒めになったり、行動を促したり、娯楽の一つとなれれば、それ以上に光栄なことはありません。
今年も、作品や本を買ってくれた方々、ここを訪れてくれたあなた、話を聞いてくれたり、寄り添ってくれた友人、格別のご厚情をありがとうございました、それでは良いお年をお迎えください。