2100年の生活学 by JUN IWASAKI : 2024.8.16

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2024.8.16

明日の朝一番で、まいちゃんが一人でパリに向かうとということで、ぼくが初めてパリに行った時に何をしたかを考えてみたが、毎日のようにケバブを食べて、幸子さんにスウェーデンカフェに連れて行ってもらい、coletteで散財し、SO MEの展覧会に行ったり、年末のカウントダウンを逃し夜中のニューイヤーのシャンゼリゼ通りを歩いて、Joe Dassin「Les Champs-Elysees」を路上で歌う親父の歌声に涙を流した。その頃、夢中になっていた音楽にどっぷりと浸かるような時間を過ごした。
中学生や高校生の頃は、ふざけたことを徹底的にしてなんでも大笑いしていたような気がするが、大人になるとつめが甘くなってしまった。今日はふざけて騙して遊ぶみたいなことが徹底的にできなくなっていたことを憂いだ。というのも、坂田さんとまいちゃんと聖子ちゃんと4人でNight shopでディナーをしているときに、まいちゃんがトイレに行くために席を立った。今日のお昼、みんなで歩いているとしょんべん小僧は、世界3大残念な銅像であるという話になり、「どのくらい残念なんだろうね」笑っていた。帰り道に散歩がてらしょんべん小僧でも見て帰ろうかという話になっていた。まいちゃんが席を離れている間にしょんべん小僧までの道順を調べてみると、予測変換に「しょんべん少女」というものが出てきた。googleで出てきた想像通りの写真を見て3人で中学生のように涙が出るほど大爆笑してしまい、まいちゃんには言わずに驚かせようとくだらないことを思いついてしまった。残念なしょんべん小僧を見に行こうと行くとしょんべん少女がいたらまいちゃんはどんな反応するのだろうか、気遣いなまいちゃんはその現実を受け入れられるのだろうか、それをどんな風に反応するのだろうかと考えた。席に戻ったまいちゃんの前でも笑いが堪えられずに涙が出るほど爆笑してしまったが、なんとかその場を乗り越え、しょんべん小僧という言葉をその後の会話にもちょくちょくと挟みながら食事を終えた。しょんべん小僧を見にいこうと言いながら、しょんべん少女のいるストリートに連れて行ったが、Nightshopのテーブルの上で爆笑しすぎて現場でのまいちゃんの反応にそれほど笑えなかった。しかし、川原と浜と純平と過ごしたあの高校の夏休みも同じように当日は大したオチもなく、部屋の中で4人+電話越しの1人との時間が最高に楽しかった。
今夜もManieraギャラリーの上にステイ。