2100年の生活学 by JUN IWASAKI : 2024.7.19

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2024.7.19

昼過ぎ、Gammaに行きさらに木材を調達し、夕方ビーチへいく。Flipper’s Guitarではないが、ぼくは海へは行くつもりではなかったのだが、天気と街の空気がビーチへと誘い出した。海へ行くつもりなんて全くなかったので、特に水着もタオルも持っていなかった。着ていたシャツを脱ぎ、潮風から守るためにLeica M6を包み、ビーチで寝そべる。オランダに来てから、寝ているだけで汗が滲むというような夏らしい心地を全く感じていなかったので、少しずつ乾く口に四季の移ろいを大切にしてきた自分の生活背景を感じて日本で育ったということを嬉しく思った。世界中、ビーチのある街では裸で自転車に乗る人々の姿をよく見かけるが、この街も同様にそのような姿をよく見かける。夏になるとこの誰からも相手にされないような静かな街が一気に華やかになるような、「ビーチがある」という自信を抱えているような空気で包まれているように見え、ここにいる誰もがどこか浮き足立っているような気もした。花火大会の当日のようなどこかみんなが各々の意識の中に楽しみではないもののイベントごとに心の底で待ちわびているような空気に似たものである。イヤホンで夏のプレイリストを聴いていると、2019年夏にかすれるほどに聴いたSean Nicholas Savageのアルバム『Screamo』からいくつかの曲が流れた。ぼくの一番好きな季節は、夏も中盤を越え、日本でいうお盆というイベントが終わり、子供たちも夏休みの終わりに向けて忙しくなり、多くの人々が楽しかった夏を回想するような815-30日の夏の終わりの時期であるが、この街でも同様に同じような気配を感じ取ることができるのだろうかとSean Nicholas SavageScreamo』を聴きながら思った。8月の後半のエモーショナルになる世界に浸るためにぼくは1年を過ごしていると言ってもいいだろう。帰り道、シャツのボタンを全開にし、肌に風と太陽の暖かさを感じながら自転車を漕いでいると、Gammaの店員と道でばたりとすれ違い、二本立てた人差し指と中指を斜めにおでこに当て颯爽と去っていった。なんだか人間の単純さを笑いながら、これほどまでに単純な街の姿に自分がこのまま楽しんでいいのだろうかと思うと同時に、季節感のある街を嬉しく思った。ぼくは複雑な思考をしてしまうので、やはり単純なものが好きである。野生であり、単純性を持った人間がすごく好きだ。街も同様かもしれない。