2100年の生活学 by JUN IWASAKI : 2024.5.9

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2024.5.9

明日から1泊2日でベルギーに行くので、準備をして早めに寝る。ベッドが来ることを予想して機嫌よく飛び出し、そのまま行き場を失っていたものたちで溢れ荒れ狂っていた部屋の整理もひと段落し、少しくらいはマシな雰囲気になった。家をあけるにはやっぱりものが自分自身の居場所を持っていないとその場所のある空気がソワソワするように思う。 2013年ちょうど今頃の季節だったと思うが、Terra Madreというオーガニックグローサリーでクリスに初めて会った。レジにいくつかの食材と大きいスイカを抱えて並んでいた背の高い男性がなんとなくこちらを見ていたので、クリス?と声をかけるまでもなくぼくたちは手を振り歩み寄りお互いに話を始めた。エミさんにはその前に一度か二度か会っていて、クリスの話を聞いていたし、ぼくも聖子ちゃんも別々のところでクリスとエミさんを見て「すごく素敵な人たちがいる」と話題にしていたのだ。お店の前で立ち話をしていると「これから家にくる?」と誘ってくれた。クリスは頼まれていた買い物以外に大きいスイカを持って帰って「冷蔵庫に入らないよ」とエミさんに呆れられていた。お茶を飲みながら話していると、話が長くなり、食事をご馳走になった。誰かが来て食べることをわかっていたかのように用意されていたラムシャンクとひよこ豆の煮込み、クスクスをいただいた。ちょうど分けられるくらいにあるけど、と恥ずかしそうにエミさんは言った。お皿とカトラリーが自分たちの分しかないのと恥ずかしそうに渡してくれた。すごく美味しくて、ぼくたちはあれから当分の間ラムチョップとクスクスをトルコ人なのかというほどに食べた。 タイル張りの床のがらんとした空間で大きな窓から教会越しにシティの風景を眺めるような家だった。仕事部屋のパソコンから音楽が流れていた。コップもお皿もカトラリーも全てが2人分で揃っていた。この家は住む人が形を作ったような家だなととても感動した。ぼくはあの日クリスとエミさんの家での出来事を忘れないだろうし、20代の最初の頃にあの二人に出会えてとても良かったと思っている。家だけではなくて、遊びに行ったり食事をしたりする中で、忘れることのない人生の一つのルールみたいな感覚を与えてくれた人たちにはこの先出会えるのだろうか。あの日、あの日々に感じた感情や見た光景を自分の人生の軸にして生きてきたなという実感もある。スイカを抱えたクリスに「これから家にくる?」と言われた日から、ぼくもいつだってそんな風に声をかけられるような人間でありたいと思っている。しかし、ぼくたちがTerra Madreで買った食材は何だったのだろう。