2100年の生活学 by JUN IWASAKI : 2024.5.7

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2024.5.7

心の病のような状態が続いている。毒を浴びせるような言葉がどんな出来事に対しても思い浮かんでしまう。それは他者ではなく自分自身に向けたような言葉である。 それに拍車をかけるような出来事が起きた。重なっていくことによって当初問題になっていたことが有耶無耶にされるような状態に陥り、正気ではいられない。数日前にamazonでベッドを買ったが、まず言っておくとamazonはほとんど使わない。amazonにはあまり良い思い出がないからだ。 しかし、今回はどうしても特定のサイズのベッドフレームが欲しく、それを販売しているのはamazonのみだった。サイズは160x200で、高さは25cmでなければいけない、そして黒いアイアンが良かった。 amazonで注文したところ、組み立ててみるとサイズが違った。間違えたサイズが届いたので、返品を手配した。しかし、集荷はしてくれないので、DHLのサービスポイントまで持ち込んでくださいというのだ、20kgを超えるこの大きなベッドフレームをだ。でもamazonからは集荷をすることはどうしてもできないので、自分で違う配送業者を手配してくれというのである。DHLに電話したところ、「販売者があなたの家に集荷依頼をかければ荷物を取りに行きますよ」というので、amazonに問い合わせたが、amazonの商品ではなく、第三者の販売物なので集荷依頼はできないので、その会社に直接問い合わせしてくださいと言われる。会社にメールで問い合わせたが、まあオランダの会社らしく連絡はない。もちろん電話番号もない。仕方ないなと思い、調べるとdpdという配送業者が集荷してくれるというのでdpdで返品を手配したした。もちろん、送料は一時的に負担することになる。交換はできないので、再度オーダーしてくださいと言われたので、同じ商品をamazonで再オーダーした。 そして、今日その際オーダーしたベッドフレームが届いたのだが、また違うものが届いた。もちろん、その先はみんなが想像の通り上に書いたのと同じである。まだ前回の商品の返金も送料の返金もない。今日こそやっとベッドが組み立てられると思ったのだが、ベッドを組み立てるためにスペースを作ったり、ベッドの下に入れようと思っているものを箱から取り出したりしているので、アトリエ部屋はぐちゃぐちゃになっている。しかし、結局ベッドは手に入らなかった。オンラインショッピングで問題が起きた時には、暖簾に腕押ししているような気分になり、その感情をどこに向かわせればいいのかわからなくなる。責任が分散されすぎているせいか、人間が作ったシステムに人間が苦しんでいるような姿だなと思う。快適さの代償に心に大きな負担を抱えることになる。何も解決はしていない。