全く忙しいわけではないのだが、ここのところメールやオンラインミーティング、移動ばかりでなかなか集中して作業をすることができない時間続いていたので、今日はデスクに座って作業をする。
改めて自分の写真を見ていると、「気まずさ」というキーワードが浮かび上がってきた。確かにぼくの写真はどこか気まずいのである。そして、その気まずさは最近買ったGRでは今のところ、表現できないでいる。そもそもデジタルカメラでフィルムっぽく撮るということに意味がないことにいい加減気付き始めているので、GRでの絵作りを模索しないといけないが、その先の言葉が出てこない。GRで撮影するときに、いくつかの発見があったのは確かである。一番大きなことは、ぼくがいかにLeica M6で撮り慣れているかということに気付いたことで、ぼくにとってはレンジファインダー以外での写真を撮るということがいかに難しいかということ。GRがコンパクトで、携帯しやすく、よく撮れるとしても、やはり実物を見ずに写真を撮ることがいかに難しいかを思い知らされているのだ。外付けファインダーをつければいいのだろうか。ぼくは機材マニア的なカメラマンではなく、作品を作りたいと思っているのでカメラ機材について基本的なあれこれを多くを話すことはできないが、とにかくぼくがファインダー越しに実際に実物を見ながら写真を撮ることが好きだということなのだろうか。もしくはそれ以外の方法が見つけられないのだろう。きっとそうしないと社会との距離がなかなか見出せないのだ。ぼくにとって大事なのは社会との適切な距離なのだ。ぼくにとっても心地よい距離、ぼくは決して親密な写真が撮れるわけではない、ある種の人生におけるエッセンシャルなサッドネスの含まれた写真を好み、風景を描きたいのだ。エミット・ローズのような語りかける親密さを持って。
改めて自分の写真を見ていると、「気まずさ」というキーワードが浮かび上がってきた。確かにぼくの写真はどこか気まずいのである。そして、その気まずさは最近買ったGRでは今のところ、表現できないでいる。そもそもデジタルカメラでフィルムっぽく撮るということに意味がないことにいい加減気付き始めているので、GRでの絵作りを模索しないといけないが、その先の言葉が出てこない。GRで撮影するときに、いくつかの発見があったのは確かである。一番大きなことは、ぼくがいかにLeica M6で撮り慣れているかということに気付いたことで、ぼくにとってはレンジファインダー以外での写真を撮るということがいかに難しいかということ。GRがコンパクトで、携帯しやすく、よく撮れるとしても、やはり実物を見ずに写真を撮ることがいかに難しいかを思い知らされているのだ。外付けファインダーをつければいいのだろうか。ぼくは機材マニア的なカメラマンではなく、作品を作りたいと思っているのでカメラ機材について基本的なあれこれを多くを話すことはできないが、とにかくぼくがファインダー越しに実際に実物を見ながら写真を撮ることが好きだということなのだろうか。もしくはそれ以外の方法が見つけられないのだろう。きっとそうしないと社会との距離がなかなか見出せないのだ。ぼくにとって大事なのは社会との適切な距離なのだ。ぼくにとっても心地よい距離、ぼくは決して親密な写真が撮れるわけではない、ある種の人生におけるエッセンシャルなサッドネスの含まれた写真を好み、風景を描きたいのだ。エミット・ローズのような語りかける親密さを持って。