2100年の生活学 by JUN IWASAKI : 2024.2.9

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2024.2.9

朝7時15分に起床し、日記を書いて、ステラの散歩へ。9時過ぎに帰り、朝食にトーストを食べる。ぼくが昔から理想的だなと思っている朝の時間の過ごし方は、9時までにステラの散歩(昔であればランニングだった)、日記、朝食を終え、9時にはデスクにつき、やることがなくてもデスクに向かって作業をすることである。引っ越して10日くらい経ち、東京を離れてから、やっと自分の家で生活できる環境が整い始めたように感じるので、生活リズムも少しずつであるが完成し始めている。デン・ハーグに来てから、人に会わないハリのない日々を過ごしているので、自分で自分を律する以外に方法はない。その一番簡単な方法は自分にタスクを与えて、時計を見ながら行動することなのだ。たくさんの作家が時間を決めて仕事をしている、例えば村上春樹のエッセイで読んだと思うのだが、アメリカの作家レイモンド・チャンドラーは、毎日同じデスクに座り、同じように時間を過ごすのだそうだ。たとえ、もしその日筆が走る日だったとしても、全く書く気分にない日であっても、うまく書けない日だったとしても、とにかく毎日同じように同じ時間を同じデスクで過ごす。書けない場合はただ同じ時間だけそこに座っていなさいと言うのである。なんのエッセイに書かれていたのかすら覚えていないのだが、ぼくの頭の中にずっと残っている。書き続けること、続けること。会社を辞めて、実際にそのような環境に身を置くと、レイモンド・チャンドラーの言っていることの意味を強く感じている。ふと見渡すと、お店を経営している人も、予約がなくてもお店を一定の時間になったらオープンしているし、会社員だって仕事がなくても出社してデスクに向かう。なくても、かけなくても、できなくても、どんな時にもそこへ向かう。それがレイモンド・チャンドラーや村上春樹のような作家に限った話ではないことがよくわかる。昼食を挟んで、15時ごろまで仕事をして、そのあとはとにかくリサーチ。ある雑誌の編集長が「編集者の仕事の80%はリサーチです」と言っていたが、リサーチも仕事だと思うと、少しは気が楽になる。お金になることだけが仕事だという気もするが、人のためになったり、知恵をつけることの手助けになることでお金にならないことなんて世の中にはたくさんあるんだ。集中力が切れたので、夕方Eko Plazaに行くと、訳がわからないが突然体調を崩した。デスクに座りっぱなしで寒かったからだろうか。鼻水が出て、なんとなく関節が痛い。目の奥もかなり重いように感じる。街が寒いのか、家の中が寒いのかはわからないが、悪寒もするようである。少し風邪っぽい。夕方ステラと一緒に散歩に行くとなんでか少し体調が戻る。ただ、鼻水が止まらない。家具探しをして、23時ごろベッドに入る。