2100年の生活学 by JUN IWASAKI : 2024.2.8

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2024.2.8

フランスからオンラインで注文したものがなかなか届かなかった。UPSのオンライン上では配達完了となっており、購入先のオンラインのシステム上でも配達完了となっている。受け取りにサインが必要なもので、「Signitured by Ilse」と表示されている。ぼくはイルセさんだか、イルゼさんだかを知らない。今住み始めたデン・ハーグの家は、ぼくたちとこの家の大家のリエズベスとティムとで一つの玄関を2組の家族が使っている、アムステルダムで滞在していた家は個人の玄関があったが、オランダの家はおそらく大体がこのデン・ハーグの家のように数人が共有する形になっているのだろう。ポストに入るものは玄関の小窓からドカンと投函され、手紙などはいいのだが、本なんかは角が折れてしまうことだってある。それを考えると本を読む送る用のダンボール制作は必須である。不在の際は、置き配されることはあまりなく、隣人に届けられる。一度、アムステルダムでも隣人が受け取りをしてくれていた。まさかサインが必須なものまで配達されるとは思っていなかったので、今回は少々戸惑ったのだがUPSの無地の不在配達表のようなものだけ小窓から投げ込まれ、床にペロンと寝転がっていた。隣人のベルを鳴らしてみたが、受け取っていないということだった。ティムに聞いたところ、「通常UPSのこの紙にどこの住所に届けましたよと番号が記載されているのだけれど、かかれてないね。Weird、I even don’t know who is Ilse」と、言われてしまってはぼくにも良い解決策が見つからない。「困るね、これはオランダではよくあることなんですか?」と問いかけてみると、ヘンリー王子のような顔をしたティムは笑顔で「そうだね、でも再配達依頼するより、どこかへ取りにいくより、近くの誰かが受け取ってくれている方が便利だよね」と今のぼくと考え方が合わなさそうだなと思わされるような返答をされた。彼とはあまり話が合わなさそうだなとことあるごとに思う。感じが良すぎることも常に疑心暗鬼なぼくには恐怖を与えるのだ。それに加えて、彼は誰でもが今日おろしたてだと思うほどに汚れ一つないNike Air Max93を履いていた。彼のことだから、汚れているということが理解できないのかもしれない。そこもまた疑心暗鬼にさせた。リエズベスにも相談したが、「彼女はここで生まれ育ったから、この通りの人を全員知っているはずだわ」と下の階サンドラを尋ねてみたが、Ilseさんについてはわからないようだった。ただ、「グループチャットで聞いてみるわ」とのことだった。結局、数日経って今日同じ通りの9の方が受け取っていることが判明し、チャイムを鳴らし「Hi! No.3のJunです。最近越してきたんだけれど、荷物届いていませんか?」と伝える。こちらの苦労と色々なものに対する不信感とを全く感じていないように「これね、届いてますよ」と丁寧に玄関に置いてあった箱を手渡しされた。軽く話をして、扉を閉じた。これが合理的だと思っているここの住人たちとこれからも過ごすことになるのだと思うと、改めてその土地で生きることは、そこにあるものごとを受け入れることだなと思った。
昨日、聖子ちゃんがどこで見つけたのかわからないけれど、見つけてきた面白いシステムで野菜を買ったのだが、その野菜がフレッシュでとても香りと口当たりが良い。野菜の口当たりを考えたことがなかったが、立体感があるのだ。この面白いシステム、オーガニゼーションが、
オーガニック農家から野菜を集めてセットにして販売しているというもので、毎週「今週の内容」の記載されたメールが届き、いるかいらないかをウェブ上で登録する。例えば、今日は、オニオン500g、ビーツ500g、キャロット500g、紫キャベツ1玉、白菜1玉、カブ1/2玉、グリーン500g、マイクロクレソン1箱だった。オニオンはいらない、とか紫キャベツだけ欲しいとか注文は付けられず、決まったセットが1パケットとして用意される。1パケット€12。値段がマーケットで買うよりもお手頃であること、無駄に野菜を採取しなくて良いこと、合理的なシステムを作るのが上手いオランダ人ならではである。他の国でもありそうだが、ぼくはこれまでそんなシステムを使って野菜を依頼したことがなかった。一度、週1回、オーガニックの野菜を配送してくれるものを続けていた時期があるが、なんだか生き生きしていない野菜が届いてもぼくはあまり嬉しくなかった。結局、その時は長続きしなかった。じゃあこのシステム、配送と何が違うのかと言われると、大きく違う点は、自分で手で触って重さを測って野菜を選べること、それから自ら足を運ぶ必要があることだ。自分でサイズなどを選ぶことは自分の生活を考えることでもある。このシステム、オランダ人が考えた割に合理的じゃないじゃないかと言いたくなるのであるが、UPSの荷物の一件とこの野菜の話から読み解くに、受け身ではなく自分が参加すること、それによって社会性が生まれる、意識的になっていく、無関心から遠のいていく、自分がイニシアティブを持つことが合理性との親和性が高いのかなと思った。ぼくが思う合理性とオランダで感じる合理性を求める感覚が違うので、それはある意味面白いなと思っている。社会や地域に積極的に関わっていくことで合理性を生み出している。いや、イニシアティブは違うか、結局ドライバーの二度手間を省くためでもあるし、やはり人のためではなくシステムのために人が帳尻合わせして、それに慣れていくということなのだろうか。「人は物事に対応し変化しえる生き物なのだ、だからシステムをまず構築する」という考え方なのだろうか。人と人はコミュニケーションで理解し合える、しかし人と機械や人とシステムはコミュニケーションでギャップを埋めることはできない、そんなことを考えさせられるとオランダのシステムは消費者のためではないと散々言っていたが、消費者の人間としての知性と柔軟性を高めるためのシステムなのかもしれないと思うと、この国がいかに先に行こうとしているのかが理解できるかもしれない。それはちょっと勘ぐりすぎか、いやもう少しこれについてはきちんとまとめると非常に面白い気がしてきた。今日はもう書き直すとか書き加えることができないので、ひとまずここまで。