2100年の生活学 by JUN IWASAKI : 2024.2.7

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2024.2.7

朝からIND officeに長期滞在ビザの手続き。着実に前に向かって進んでいるような気持ちでここのところの沈んだ気持ちを落ち着かせてくれる。新しい場所で、はっきり言って知人も友人もいない状況の中で、何か一つずつでも小さくても日々積み上げていけるものや、前進していると感じられるものがあると、精神的に安まる。自分はこの場所へなぜ来たのか、家族や友人たちから離れてまで、円安の中なぜヨーロッパ、それも物価の高いオランダに、デン・ハーグに来たのか。誰にも何も言われていない、勉強をしに来たわけでもない、それでもぼくたちはこの場所を選んだ。Cairo Apartmentのためであり、自分の作家活動のためであり、将来に向けた自分の生活スタイルの構築のためである。イギリスやイタリア、フランス、アメリカに住む知人友人のように文化的な影響を大きく受けて、その地に吸い寄せられるように来たわけではない。それが衝動となって大きな行動の活力となり、その地に骨を埋めるぞという覚悟となっていた人々からすると、ぼくの行動ははっきり言って、理解できないだろう。時代は大きく変わり始めている。自分が世界中のどこでもその場所で生活することができる、というような感覚を持ちたいとぼくは常に思っているし、100年もない人類として生を授かり、人生を生きていく中で、その場所で受けるであろう試練も幸運も不運も、また人生が与えてくれるだろうエピファニーをぼく自身がどれだけ感じ取ることができるのかどうかということにとても興味を持っているのだ。
2012年、ぼくがフィジーでの生活を始める前にこんなことを書いていた。
「ぼくが海外に行くのは、思慮深く生き、人生の本質的な事実のみに直面し、人生が教えてくれるものを自分が学びとれるかどうか確かめたかったからであり、死ぬ時になって自分が生きてなかったことを発見するようなはめにおちいりたくなかったからである。」
そんなことを父の誕生日に考えていた。