2100年の生活学 by JUN IWASAKI : 2024.2.16

Translate

2024.2.16

金曜日。文章の最初に曜日を書くことで曜日感覚を保とうとしている。家でこもっていると何日なのか何曜日なのかわからないとよく言っている人がいるけれど、理解できる。だけれど、はっきり言ってダサい。曜日が必要かどうか、そもそも誰かが決めた時間にとらわれたくないとか、言う人のことも理解できるけれど、大体みんなその時間を意識せざるを得ない生活をしている。電車には乗るし、お店にもいく、それで「家にこもって仕事してるから曜日がわからないんです、誰かが決めた時間にとらわれたくない」は、ぼくは言いたくない。多分、音楽をやっていたとしてもギターを背負って学校には行きたくないと言うだろう。実際、曜日感覚がなくなると本当に不便なことも日常生活の中には結構あるので、ぼくは定期的に自分に知らせるように曜日を書くようにしている。朝7時半に起きて、日記を書き、ステラの散歩へ。家に帰ってトーストとミルクティーを飲み、パソコンに向かう。昼食を挟み、午後3時までさらにパソコンに向かい企画書作った。最近は、コーヒーを飲まず、家でルイボスミルクティとかネトルティとかミントティとか、緑茶とかばっかり飲んでいる。なんでぼくは突然コーヒーをほとんど飲まなくなったのだろうか。イタリアでは散々一人でも二人でも飲みに行っていたが、オランダに引っ越してからあまりそのようなこともなくなった。日本にいる頃は「お風呂に入るときは服を脱ぐ」くらいの当たり前さで、朝起きると、まずお湯を沸かして、フィルターコーヒーを淹れていたが、こちらに来てからそれも無くなった。実家から持ってきてずっと修理しながら使っているドリッパーも、ペーパーフィルターも、耐熱ガラスのサーバーも、さらにいうとデン・ハーグの家がIHなので、日本から持ってきたケトルが使えなかったので、新しくコーヒーに適したハリオの電気ケトルを買ったのに、コーヒーを淹れられるものはすべて揃っているというのに、それでもコーヒーを淹れていない。今こうやって書いていると、そもそも最近コーヒー屋にコーヒーを飲みに行かないから、コーヒー豆を買わないのかもしれないと思った。日本には、別に京都だろうが、東京だろうが、奈良だろうが、田舎だろうが、至る所に自家焙煎のコーヒーショップがあるように思う。それは、社会から独立して、自分の経済圏を作る、学生運動をしていた青年たちが自分のジャズ喫茶を始めたような、自分の力で生きることへの挑戦をするかのように自家焙煎のコーヒー屋がある。夕方、家の近くのハードウェアショップへ向かう。ペーパーサンダーを買う。先週だっただろうか、ステラの散歩中に椅子を拾った。その椅子は、布張りの椅子で、座面に大きなコーヒーのシミがついていた。大きなシミが理由で捨てられているようだったが、まだまだ使えそうなものだったので持ち帰ることにした。とにかくシミは見てられないので、一度椅子を解体して布を剥がし、布の下から出てきたスポンジも剥がした。ある程度キレイに全てを解体することができたので、最後の仕上げとして夕暮れまで椅子をヤスっていた。外していた脚をボルトでつけると、完全に使えるものとなった。毎日2時間でもこんなことをしているとメディテーションのような気分になる。聖子ちゃんは体調不良で寝ている。夜、シャワーを浴びると血管が詰まっていたのだろうか、まあよく振ったあとの炭酸ボトルくらいアイデアが湧き出てくる。そのままパソコンに向かって、あれこれと書き出す。結局気付いて時計を見ると日を跨いで、2時だった。ある敏腕編集長から定期的に「すべての行動をお金に変えてください」とメッセージが入るのだが、自分が夜中に覚醒した状態であれば、「敏腕編集長はとても正しい、そんな当たり前のことをいちいちメッセージしてくるなんて馬鹿げている、ブッダの教え以上に真っ当に受け止められることを言っておられる。行動だけじゃなくて、ぼくは今こうやって考えたことまでをもコップのふちすれすれまで溢れそう水を一滴もこぼさないようにできるだけ自分の言葉で書き出して企画書にしてるんだから、彼はどんな側面から考えても正しい」と思っているのだが、大体そうやって夜中に書き出したものは朝読み返してみると、「あの敏腕編集長が言ってくることは大袈裟で、またくだらないことを言ってるのか。あまり間に受けない方がいい、すべての行動をお金に変えるなんて、気張りすぎてて疲れちゃうよね」と言ったふうに、やっぱり夜に書いたものは全くの無用の長物だなと思ってしまうわけである。実際には、どちらが正しいなんてことはなく、人間の思考というのは上品と下品を、正義と悪を、右と左の道を、反復横跳びするような流れがあるのだ。いや、反復横跳びではどちらかの思考に偏ってしまう時間が存在するからいけない、両方を同時に歩く、それがぼくが自分自身で決めた自分の正しい思考の流れだったことを思い出した。