2100年の生活学 by JUN IWASAKI : 2024.1.27

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2024.1.27

ステラを迎えに、アイントホーフェンから30分くらいドイツとの国境方面に進んだところにあるマイエルへ。トレーナーのイコさんから1時間半のトリートメントを受ける。イコさんに連れられ、見違えるほどに優雅に歩くステラの姿を見て成長を感じ、涙が溢れそうになる。それは、自分たちがお金を払ってトレーニングを受けさせたとか、3週間の間自分たちの楽しみのために彼女を置いていったとかそういうネガティブにも感じられることを全てネガティブではなかったと思わせるような光景であった。子供の授業参観に行く親が涙を流したりするが、はっきり言ってぼくにもその気持ちがわかる。自分ではないもの、自分が愛するものの成長というのは心を震わせる。
デン・ハーグへの帰路でオランダ第五の年
ティルブルフに立ち寄り、アンティークショップやOPショップに立ち寄る。土曜日だからかどのショップものすご盛り上がりを見せていて、静かにウィンドウショッピングをしていたイタリアの光景とここの光景の違いに少々腰が引けた。昔なら喜んで漁っていたような気がするが、ものを漁るのは今日の気分ではなかった。そこには空っぽの家を楽しみたいという気持ちもある。ガソリンを入れると100ユーロ以上もかかり、円安を強く感じたり、オランダのガソリンの高さを感じた。イタリアでは1Lで€1.70だったが、オランダは1Lで€1.95-€2.0と少々割高である。60Lほどいれたと思うので€18もの差があるのだから、€18といえば、モデナのTrattoria Ermesでヴィノロッソ、プリミ、セコンディ、ドルチェ、カッフェまで十分に楽しめるくらいだ。この国はなんでも高いな、これからどうやって生活していけるのだろうか。イタリアのその日暮らしのような時間を過ごした後に現実を突きつけられたようで、心が落ちるところまで落ちてしまう。こんなに深いところからまた這い上がることができるのだろうか、一体なんのためにこんな深い光の見えない暗い暗い洞穴に落ち込んでしまったのだろうか。人生とはすぐにぼくたちをどん底に落とす、それは感情を知らないふりをしているのか、感情なんてものを気にしない天災や機械のように。17時ごろデン・ハーグに戻る。これからここに住むんだという実感のないまま、近くのCaptain Jackでフィッシュ&チップスを食べる。€7を支払いしようとしたが、キャッシュがなく、クレジットカードも使えない。こんなことでオランダに帰ってきたことを強く感じさせられるとは思っても見なかった。「食べてからでいいからそこのATMに行っておいで!美味しいものはあったかいうちに早く食べたほうがいい」と親切な店主に声をかけられる。言葉に甘えて先に全てを食べてから、ATMに行く。歩きながらこの街でやっていけるだろうか、選択は正しかったのだろうか、と心細くなりながら店の前のベンチへ戻ると、Captain Jackの店主ジャックさんと聖子ちゃんが話していた。「日本人でしょう?住んでる?」「昨日引っ越してきたんです」「ぼくもね、キュラソーから20年以上前にデン・ハーグに来たんだ、キュラソーわかるかい?カリブにあるオランダの植民地さ」と。彼は突然人生を語り出した。
「デン・ハーグは素晴らしい街だよ。世界一ではないかもしれないけれど、この街を選んだ君たちはラッキーだと言えるほどに素晴らしい街なんだ。ぼくがここに来た時、仕事も住む場所もお金も本当に何もなかった。仕事がなかったからこのフィッシュ&チップスのお店で働き始めたんだ。」持ち帰るお客さんみんなが「goed weekend, Jack」と声をかけジャックさんも「goed weekend」とあちらを振り返り手を振る。「それでね、3年くらいこのお店のシェフとして働いたんだ。その後ぼくに何が起きたと思う?とても奇妙なことに、オーナーが突然、このお店を辞めると言い出したんだ。それでぼくは、頭が真っ白になってね、辞めるってことはぼくの仕事もないってことだからね。そんなことはあってはいけないと思い、必死に説得したんだけれど、彼の意思は硬くってもううんともすんとも言わないような雰囲気だった。でも、とりあえずどうしようもないから翌朝9時半にいつも通り仕事に行ったら、オーナーがいて、鍵を渡してgood luck!とだけ言い残して去っていたんだ。信じられないよね、ぼくでもあの時のことはいまだに信じられない。その日、市役所に行って、仕事の名義を変更して、ぼくは一晩にしてこの店のオーナーになった、それから20年。ぼくと妻と、息子と娘と娘の夫と、それから一人のアルバイトと毎日ここで働いてるんだ。」また、知り合いが通ってジャック良い週末をね!と言って去っていった。まだジャックは話し続け、「お金はね、求めるな。仕事はお金のためにするんじゃない、人のためにしなさい。お金はいつまで経っても足りないと思ってしまうんだ。人がみんなくる、そうやって喜んでくれる。それが仕事の本当の姿さ」なんとなくメルボルンのゼンタさんと話しているような気分になってくる。よく見るとジャックの顔立ちとゼンタさんの顔立ちは似ている。さっぱりとした髪型に清潔感のあるニコッとした笑顔と目の皺。車から「Hi Jack!!!!」と叫ぶ女性の声、ジャックも大きく手を振る。ジャック曰く、彼女はジャックの二人目の妻のような存在らしく、親友だという。「妻や家族に言えないことも彼女に相談するんだ。この街は、こうやってみんな人と会ったら話をするんだ。そんな街はなかなかないだろう、東京はどうだった?隣に住んでいる人の顔も知らないだろう、通りすがりに会話することもないだろう。この街は人が会話をする街なんだ。君たちはとてもいい街を選んだよ。」話の際に、「ジュンです、よろしく!また食べに来ますね」と握手を交わした。彼は正直に「次に会うときまで名前を覚えてられるかわからないけれど、Junだね、オーケー。ぼくはわかってると思うけどジャックです」どん底にいないと会えないような人間もこの世の中にはいる。