2100年の生活学 by JUN IWASAKI : 2024.1.18

Translate

2024.1.18

朝は、家の周辺を散歩。いわゆる糸杉とか、石の建物とか、トスカーナの田舎の風景が続く。その後、部屋に篭ってリサーチ。昼は、買っておいた菜の花を茹でる。昨日シエナで行ったシエナ周辺の特産物ばかりを扱うスーパーマーケットでモッツァレラ・ブッファラをステーキのように厚くスライスしてくれたので、それにオリーブオイルと塩をかけてステーキのように食べた。篭って作業の続き。また夕方に外に出て写真を撮る。
エミリア・ロマーニャ州出身のルイージ・ギッリのイタリア語のテキストが山ほど出てくるので、翻訳機をかけて読んでいる。他の作家との連名でのエミリア・ロマーニャ州の風景論というようなテーマの書籍もたくさんあるようだ。ネットで見つけたイタリアのライブラリーでデータ化されているので、ペラペラと捲るように見ることができる。ルイージ・ギッリはデザイナーから写真家に転向して写真を撮り、その短い写真家人生の中でものすごい枚数の写真を残した、その世代の人だと一番写真を撮っていたのではないかと言われる逸話があるが、実際よく目にする写真は同じものばかりだった。本当にそんなにたくさんあったのか、没になったものが多かったのか、などと勝手に想像していたのだが、このライブラリーのデジタル書庫を見つけてから彼の仕事量の多さに圧倒されている。いわゆるよく目にする風景だけではなく、物撮りからギャラリーのインストールの写真とか、何から何までやっているじゃないか。彼は同時に、たくさんのテキストを残しているので、これらの本を英訳や日本語訳して出版するだけでも仕事になりそうだなと思うが、誰かやらないかな。ぼくがもしイタリアに住んでいて、イタリア語を話せたら、それを毎日のルーティンにして出版社に持ち込みたいと思うほどにイタリア語のテキストは充実している。別にイタリア中部に来なくてもこんなことはできたのかもしれないが、この地に来ることで見えなかったものがどんどん見えるような感覚がある。遠くからネットや本で調べるだけではどうも本当に身体に染み込むようなリサーチが出来ない気がしている。それくらい現地で肌で感覚を知ることは大切。
夕方、ある方とミーティングをして、新しいエキサイティングなプロジェクトが始まる。これはとても楽しみ、もう少ししたら言えそうだ。夜は、買っておいたpiciにペーストを混ぜる。ロベルト・
ロッセリーニ監督『Viaggio in Italia』がMUBIにあったので鑑賞。字幕なしだったが気分だったので、映像鑑賞。寝る前に幸子さんとメッセージをしていた中で、「日記が更新されてるのを見て、すごく楽しんでいます。大変なこともあるのかもしれませんが、小説のような現実?素敵な日々です」とメッセージが来て、嬉しくなると同時に背筋を伸ばされるような思いになった。日々を言葉にして蓄えておかないとなと改めて思わされた。