2100年の生活学 by JUN IWASAKI : 2024.1.12

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2024.1.12

朝7時に起き、街を散策。毎日同じように歩いていると街の見え方に変化が生まれることがわかる。初日にあった驚きや心に染み渡るような充足感などはもうすでになくなってきているのだが、同時に自分なりの街の見方や街に点在するディテールがきちんと目に入ってくるのだ。例えば、ボローニャは、ポルティコと呼ばれる、アーチで街が作られているが、それらを支える柱の素材の違い、年代によるデコレーションの違い、塗り直しによる色の変化、それらに目がいくようになってくる。ボローニャの街が朱色の壁で作られているが、その朱色にも塗り直しや経年劣化などでさまざまな色を持っている。
部屋で朝食を食べ、10時半まで日記を書き、Bologna CentraleからModenaへ向かう。往復で一人€8。Luigi Ghirriが写真を撮った
Emilia-Romagnaを巡っている。Modenaは、テノール歌手パヴァロッティの出身地でもある。Duomoに行き、Osteria Ermesでランチ。聖子ちゃんは、トルテリーニ、ぼくはタリアテッレアッラボロネーゼ。2016年にミラノに行った際に、Aesopで知り合ったあかねさんに教えてもらったミラノのレストランと似たようなオールドファッションなレストラン。80年代から、40年以上も同じ服を売っているようなお店でしつらえたニットを着ているおばさまや、この店の家具と化しているような老夫婦の中で食べると一段と美味しくなるのは、オールドファッションがなせる技なのである。やはり「味とはなんぞや」考えさせられる。
街を徘徊し、写真を撮る。ライカでも三脚を使うと落ち着いて撮れるなと思っている。今はほとんどの写真をf5.6にして撮っている。Modena、太陽の日差しが降り注ぐ街だったので、気分が上がりすぎて寒空のもとテラスでエスプレッソ。暗くなる前に電車でBologna Centralへ戻る。
金曜日の夜、街を歩く人たちは、地面から少し浮いたようで軽やかだ。金曜日に何があるのかはわからないが、ここ数日18時の街は割と静かだったのだが、今日は特段に賑やかである。そんな人たちを横目に、部屋に戻り、リサーチ。調べてきたことが実際にその土地に来ると、身体に馴染む感覚がある。1945年にコミュニストの街として確立したイタリアでも有数の保守的な街で生きるということにも興味が湧く。例えば、この街で生まれ、大学を卒業するまでをボローニャで過ごしたとする、彼らは、革新的な街で何を思うのだろうか。海を見たことがない人が初めて海を見る、というソフィ・カルの作品のようだなと思った。
今のところ、ボローニャでの主な主題は「風景」。ルイージギッリとモランディに共通するのはPaesaggio(スペル確認)。モランディは、レンブラントから大きな影響を受けていたとの情報も得て、なんだかここにきてリサーチ同士がつながり始めている。
明日は、Firenzeへ移動する。