2100年の生活学 by JUN IWASAKI : 2023.12.30

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2023.12.30

土曜日なので、年内最後のNoordermarktへ行く。先週、15時からは50%オフというお店を見つけ、そこの野菜がとても美味しかったので、それを狙って15時に行ったのだが、今週は出店していないようだった。オーガニックのマーケットで半額になると、大衆向けの安いマーケットよりもかなり安い値段になる。先週はクリスマス前だったからセールをしていたのだろうか、人生そんな甘いもんじゃないと思い知らされる。正月用に鯛を買い、オリボーレンを買いに遠回りをして帰るが、すでに売り切れていた。明日も販売するということだったので、明日朝再度挑戦することにする。 
タモリ氏による村上春樹著『スタン・ゲッツ』の書評が今の自分の生活に染み入るような書評だったので以下引用。

ゲッツの私生活の破綻は凄まじい。そのことも克明に記されている。十代半ばプロとして活動直後には麻薬中毒になっている。最初の結婚では妻も麻薬中毒、そしてアルコール中毒、暴力、自殺未遂、モルヒネ欲しさの薬局武装強盗未遂、ヘロイン中毒で実刑、離婚裁判と全てのものがつきまとう。収入のほとんどが麻薬代に消えていた時期が永く続いた。この酷い私生活の状態でどうやってあの美しい音楽へと昇華していくのか、このことに関して本人自身の言葉もあり興味深い。ジャケットで見るゲッツの恐ろしいほどに空虚で森の中の沼のように美しい瞳にそれを感じる。やはり醜の裏打ちのない美は美ではなく単に綺麗なだけなのか。
 ゲッツがこれら私生活の破綻から解放されるのは1991年に六十四歳で亡くなる数年前で、その頃体はすでに癌に侵されており、安寧な日々は短かかった。因みにマイルス・デイビスはゲッツより一年前に生まれ同じ年に亡くなっている。本書には同時に1920年代以降のアメリカのジャズの社会状況も詳細に記録されている。
 美と醜のことを考える時、何となくいつも思い出すことがある。僕が生まれて高校まで過ごした家の裏庭には、高さ三メートルほどの丸い見事なキンモクセイの大木があり祖父の自慢であった。季節になると黄色い小さな花がいっぱい咲いて芳香は家の前の道路まで届き、近所の人達が訪れてしばらく祖父と談笑していくのが常だった。祖父の秘訣は開花の二ヶ月ほど前に、丸く剪定された木の回りに溝を掘り、ありったけの人糞をその中に入れて土をかぶせるのだ。僕と姉はその間むせるような匂いの中を通学することになる。近所の人がいくら誉めても我々はキンモクセイの香りと花の色と人糞の匂いがリンクしてとてもいい香りとは思えなかった。現在住んでいる家と隣家との境には五メートルを越すキンモクセイがあり、秋には黄色の花が地面を染める。この匂いをいい香りと感じるまで二十年はかかった。

なんと素晴らしい書評なのだろうか。ぼくたちの生活は、はっきり言ってこれだなと思った。「醜の裏打ちのある美」人生にとっての背骨となるような素晴らしい言葉を得た気分である。