金曜日。今アムステルダムで住んでいる家は、2024年の1月10日までの契約で、それ以降の行動がまだ決まっていない。新しく契約できそうなデン・ハーグの家は2月1日からなので、その3週間ほどの間にまたアムステルダムで違う家を借りるのか、もしくはどこかオランダの近くの田舎に行くのか、それともステラをトレーニングに出してどこか全く違う国に行くのか、それまでをどんなふうに過ごすのか、犬がいるとアムステルダムに残るのが現実的だと思うが、ハウジングクライシスが起きているこの国で、なんてことない家に1ヶ月€1600も支払うのであれば、ステラをどこかに預けて、イタリアなりの田舎に行って、制作に没頭するのも一つの手ではないかと思うのである。ぼくはそんなアイデアは思いつかなかったが、聖子ちゃんが突然言い出した。「この雨の降り続ける寒い街にはもう行きたいところはない、これ以上いるくらいならどこか違うところへ行きたい。」
無茶な状況に対峙すると、自分で自分の可能性を狭めているのだということに気付かされる。家賃より少々お金がかかったとしても新しい土地で、自分たちの制作を兼ねるのであれば、それはかなりいいアイデアなんじゃないかと思ってきて、正直、可能性が全くないという絶望からある意味、可能性しかないという状況に立っている。むしろ、€1600なら二人で日本を往復できるのではないかというほどの金額である。本来、めちゃぶりをしてワクワクさせるのはぼくの仕事だったはずなのだが、気付けば彼女がその役をしていて、小心者のぼくはそれにドキドキしながら乗っかっているのである。
数日前にM-1決勝戦を観たのだが、面白かった。大人になると自分が子供の頃に観たり、触れていたものが自分の基礎となっていることに良く気付くのであるが、ぼくの場合は、やはりしゃべくり漫才が好きだし、小ボケを回収していき大きな波になっていくようなような美しい漫才が好きだ。
数日前にM-1決勝戦を観たのだが、面白かった。大人になると自分が子供の頃に観たり、触れていたものが自分の基礎となっていることに良く気付くのであるが、ぼくの場合は、やはりしゃべくり漫才が好きだし、小ボケを回収していき大きな波になっていくようなような美しい漫才が好きだ。