朝からコーヒーを淹れ、日記を書く。昼ごはんにそうめんを食べ、転入届を提出しに市役所へ。住民票を出すのに、待ち時間は30分。最近、毎日帽子をかぶっていて、というのも髪型が納得いかない。本当にここ4年くらい自分の髪型がしっくりこない。ずっと小さなストレスになっている。それは、前にもここで書いたが、ヘアスタイリストが悪いわけではなく、ぼくの日々抱える気持ちと自分が作っているものや表現しているもののギャップ、自分がどう思われているのか、もしくは人が自分に対してどんな印象を持っているのか、ぼく自身が思う自分自身と他人が思うぼくの印象の不一致、そして、自分の自己表現力の欠如など様々なことが今の変な髪型の原因である。今、引っ越しと重なり、良い人を知らない。もし今いい人を見つけても自分は自分をどんな人かを自分自身の言葉で伝えることができるのだろうか、何を嗜好していて、どんな意思を持っているのか。初対面の人なら尚更、何をベースにその人の髪型の基礎を決めるのだろうか。今、はっきりいうと毎日帽子を被らないといけないほど納得がいかない髪型をしているので、今の髪型より悪くならないと信じて近くの散髪屋で髪を切る。何かを待っている間に髪を切るのは気分がいいなと思った。美容院を予約して髪を切るのではなく、こうやって歩いていていて見つけた散髪屋で髪を切る人の話をよく聞くが、確かにそういう風にしている人たちの気分もわかる。爽快感がある。髪型に対する満足感はそれほどなくても現状から脱するにはちょうど良いのかもしれない。大概、散髪屋は安いから、みんな安さで切っているのかと思いきや決してそうではない。さっと入ってサクッと食べて帰る寿司屋みたいなもんか。最近は、レストランも予約して、美容院も予約して、何をするにも全て予約をしないとどこにもいけないような感覚があり、とてもつまらないなと思う。今日も金曜日の約束のために2件電話してみたがどちらも予約でいっぱいである。街の中華屋に行くのも予約しないといけない。みんな予約するから予約が必要になる。もちろん、ぼくだって事前に予約するときには予約するが、気分に合わせて何かをするということの喜びが欠落してしまうような感覚にあるのでできるだけ予約をしたくない。もちろん、予約して用意周到な人を見てスマートだなと思う反面、糞食らえと思ってしまう部分もある。この前、カズくんと話していても旅行でのハプニングが好きだから、特にスケジュールを決めないと言っていたし、Hamishだってプランしないで旅行すると言っていた。色々調べるが、プランはしないという。こうやって書いていると、ぼくがただ文句を言っているだけに感じてくるが、話は割と単純でどうしても行きたいところがあるなら予約すればいいということだ。予約しないで良いお店やいい場所に行けるのは、いくつかの理由があると思うが、街がいいお店やいいもので溢れていることや、 同時に自分の無知ということがあるのだろう。HamishとLizzieがその辺の居酒屋に入って喜んでいたが、それは彼らにとって新しさを感じるからだし、どこに入ってもそれなりに美味しいご飯が食べられるからだろう。いいものとは、新しいものも含まれる。いいものとは何か。夕方、みりあむさんに挨拶に行き、帰り道、奈良公園で写真を撮る。結局帰宅したのが8時ごろだったので、6時間くらい歩き回っていたことになる。PalmesのNikolajから撮影依頼が来る。奈良で撮影することになりそうだ。