朝、ステラの散歩をして、日記を書く。家の周りを散歩し、Leica M6で写真を撮る。最近、三脚を持って田園調布を散策していたので、Leica M6がいかに機動力のあるカメラかを身体で痛感する。心までもが軽い。
昼は、今日もそうめんを食べて、散歩がてら家の近くのOkusawa Coffeeで一服。毎日そうめんを食べている。敬愛する某雑誌の敏腕編集長は毎日すりおろした生姜と出汁だけでそうめんを食べていたが、その日々の行動はぼくにも理解できる。だけど、やっぱりそうめんは三輪素麺に限る。
家に帰って、高校野球決勝戦 慶應vs仙台育英を見ながら引っ越しのパッキング。試合もぼくたちの引っ越しのパッキングもまだまだ先が見えない。段ボールを閉めるタイミングが見つからない。結果慶應が優勝していた。
夕方、Andreasに頼まれていた写真の撮影。
フォートウエノへフィルムをドロップオフにいき、nidi galleryのありささんと中目黒のことことでディナー。
これからフリーランスとして一人で働くので、15分前行動を心がけてみようと思い、約束の時間の10分前くらいに到着。23時くらいまで話して帰宅。ヨーロッパについて、人生の立ち止まりについて、犬の話、写真の見方などのトピックで話す。ありささんと自分の作品や自分自身の作品に対する意思や嗜好の話していると、理解のあるギャラリストに出会えることほど、人生で心が満たされるような気持ちにさせられることはないのではないかと思わされる。もう1年以上になるが、あの時、持ち込んだ企画で展覧会を開催させてもらえてすごくよかった。
お互いの近況報告が出来てなかったので、SNSではない、近況報告やアップデートの方法がないかという話になる。毎日の更新を心がけている日記、日記を書くことはある意味で人への便りとなるのだろうなと思った。ぼくは『2100年の生活学』と称し、この日記を書き始め、100年後のある人が読んで、朧げにでも100年前の人間の考え方なり、生活スタイルなりが文面から読み解けるように、それが伝えられればいいなと思ってこの日記を書いている。
お互いの近況報告が出来てなかったので、SNSではない、近況報告やアップデートの方法がないかという話になる。毎日の更新を心がけている日記、日記を書くことはある意味で人への便りとなるのだろうなと思った。ぼくは『2100年の生活学』と称し、この日記を書き始め、100年後のある人が読んで、朧げにでも100年前の人間の考え方なり、生活スタイルなりが文面から読み解けるように、それが伝えられればいいなと思ってこの日記を書いている。
フリーランスになったことでソフトにではあるが心がけようと思ってたことは、15分前行動と、この日記を毎日更新することであったので、日記について考えたのは、少しリアルタイムだった。人生を区切って、その都度決め事を作るのは、辛くなるのでしたくないのだが、その二つくらいは手始めに始めたいと思っている。その辛さは、継続することへの辛さではなく、もし継続できなかった時に継続できなかったという心で日々を過ごさないといけないタイプの辛さのことである。
InstagramやFacebookで写真を毎日アップロードするのは自分の趣味とは違うのだが、ただ何か更新がないと忘れ去られてしまうような時代において、日記という媒体は自分の作品や考えを伝えるのに最適な気がしている。それは、2100年を生きる人たちにとって、もちろん今を生きる自分自身にとっても。