昼は、京橋の栄一で焼き鳥丼を食べる。ピカピカに磨かれたヒノキの無垢材カウンターが気持ち良い。無垢のヒノキのカウンターに、白地に青い絵付けの施された有田焼がぼくにはオーストラリアやイギリスを思い出させるのである。古典を知らず、古典を継承した現代のものを知見していたこともあり、ぼくの感覚においては、複雑な反復運動が行われてしまう。無駄のない気持ち良いお店がなぜ存続できないのか、もしくは増えていかない(減っている?)のかが不思議でならないが、気持ち良い無垢のヒノキのカウンターがそこにあれば、その上で料理は楽しく踊ってしまうはずである。もしぼくが料理だとしたら踊り狂ってまさに狂喜乱舞といったところだろう。
仙太郎のわらび餅を食べる。きな粉がまぶされており、こしあんがわらび餅で包まれている。またこれがうまい。手で掴んでパクッと食べてしまったことを後悔するほどの味である。
夜は、聖子ちゃんとオランダの映画を鑑賞。名前は忘れた。映画としての面白さと言うよりは、ストーリーとシーンごとの描写力、音楽が気持ち良い。どうもストーリーと描写力とが混じり合っていないような気もする、なぜか最高の映画だとは言うまでもない気がしてしまったが、ストーリーとシーンごとの絵作りはとても優雅で人を吸い込むほどの強さのあるもので楽しく鑑賞。その後、お風呂に浸かって就寝。名前を思い出せない。
仙太郎のわらび餅を食べる。きな粉がまぶされており、こしあんがわらび餅で包まれている。またこれがうまい。手で掴んでパクッと食べてしまったことを後悔するほどの味である。
夜は、聖子ちゃんとオランダの映画を鑑賞。名前は忘れた。映画としての面白さと言うよりは、ストーリーとシーンごとの描写力、音楽が気持ち良い。どうもストーリーと描写力とが混じり合っていないような気もする、なぜか最高の映画だとは言うまでもない気がしてしまったが、ストーリーとシーンごとの絵作りはとても優雅で人を吸い込むほどの強さのあるもので楽しく鑑賞。その後、お風呂に浸かって就寝。名前を思い出せない。