TOO MUCH Magazine辻村さんから「今日はとらや日和ですね」と連絡が来たので、「生憎のとらや日和です」と返事をして、帝国ホテル地下のとらやへ向かう。薄茶と生菓子「ふるさと」をご馳走になる。少し前に見つけてから、最近通っている気分が良いお店。
気分の良いお店で思い出したが、先日、虎ノ門の老舗のそば屋 大坂屋 砂場でもりそばを食べた。砂場は、着席した時には水は出してくれるのだが、お手拭きを出さない。ぼくはお手拭きを最初には使わないので、別にいいのだけれど、コロナ以降、おしぼりではなくお手拭きを出すお店がとても増えた。ぼくはそれがとても残念だと思っているのだが、まあそれは別の話として、ここではおしぼりもお手拭きも出てこない。また違う老舗に行った時も同じことを思った記憶が蘇る。それが当たり前かのように思わせる態度がとても重要なんだなと老舗の態度を見ているといつも思う。
「失敬な、おしぼりくらい出せよ」と思う人もいるのかもしれないのだが、「そうか、これがここの態度なんだな」とお店が先手を取ることが大事で、お客は、その時点でこのお店には体を委ねておけば良いのだと安心することができる。それは、そのお店がやっていることに対する自信であり、お客にとってはやってきたことに対する信頼なのである。また、媚びずに明確な態度を見せることは、お客に対する刺激というエッセンスでもある。
気分の良いお店で思い出したが、先日、虎ノ門の老舗のそば屋 大坂屋 砂場でもりそばを食べた。砂場は、着席した時には水は出してくれるのだが、お手拭きを出さない。ぼくはお手拭きを最初には使わないので、別にいいのだけれど、コロナ以降、おしぼりではなくお手拭きを出すお店がとても増えた。ぼくはそれがとても残念だと思っているのだが、まあそれは別の話として、ここではおしぼりもお手拭きも出てこない。また違う老舗に行った時も同じことを思った記憶が蘇る。それが当たり前かのように思わせる態度がとても重要なんだなと老舗の態度を見ているといつも思う。
「失敬な、おしぼりくらい出せよ」と思う人もいるのかもしれないのだが、「そうか、これがここの態度なんだな」とお店が先手を取ることが大事で、お客は、その時点でこのお店には体を委ねておけば良いのだと安心することができる。それは、そのお店がやっていることに対する自信であり、お客にとってはやってきたことに対する信頼なのである。また、媚びずに明確な態度を見せることは、お客に対する刺激というエッセンスでもある。
それは、例えば、初めて行ったメニューのないお店に入った時にどうすればいいかわからないので、その店の雰囲気と態度に客が合わせるという感覚に近いと思う。ファミリーレストランのようなマニュアル化した受け身なサービスをするお店だと、お客の趣味だけがそこにまかり通ってしまう可能性がある。ガチャガチャと音がなり、「すいませーん」とか叫び、お手拭きください、お箸が〜とか、民度の低いお客に合わせていると接客する側も疲れてしまうのではないか。もちろん、ファミリーレストランの全てを否定する話をしようとするのではない。
ある程度のスタッフの快適度を保つためにも、店構えや道の具え(そなえ)として何を使っているのか、細部に意識を与えて、お客にその態度表明をすることが店主の心遣いではないだろうか。老舗の態度は、人間への愛でもある。