2100年の生活学 by JUN IWASAKI : 2022.8.14

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2022.8.14

昨晩は、アーセナルvsレスターを観戦しながら寝てしまっていたようで、5時過ぎに起床。
昨日から当分の間一人で過ごしているので、なんだか落ち着かない。あれもこれもと思ってしまい結局何もできないというのがいつものオチなのであるが、今回はおそらく1週間くらいは一人の時間が取れそうなので、ゆっくりと自分のしたいことをして過ごそうと思っている。しかし、別に彼女がいるからと言って自由ではないわけではないし、むしろ助けてもらうことも多い。もちろん、煩わしいことを考える必要だってあるのだけれど、それでも彼女がいる生活をぼくは好む。それでも、時にひとりになれると、それは曇りの中に突然差し込む青空の光のようで、妙な焦りさえ感じさせられることになる。食事制限だって自分の好きなように出来るし、ベッドでお茶を飲みながら、フルーツを食べてストレッチをしたりゴロゴロしながら、映画を観ることだってできる。「映画を観ながら寝てしまい、嫌な気持ちにさせる」ということからの解放はぼくの中にはとても大きいようで、時間が許すなら朝から晩まで映画をたくさん観たいと思ってしまう。
メゾン・エルメスのプライベートシネマ ル・ステュディオで上映されている『新学期 操行ゼロ』『ラプソディー』を鑑賞。短編映画を見ていると、自分はいつまでも小説でも映画でも短編が好きで、短編を作りたいといつまでも思っているのである。いくつかの物語が並行に並べられ、互いの関連性を意識しながら、同時に独立しているようなそのようなストーリーを作ることにぼくは憧れと目標を持っている。
お湯呑みを持って帰ってきたのだが、マグカップよりお湯呑みには手の力、自然の力を感じずにはいられない。お茶の味わいにも変化をもたらす。
夜は、Amazon Primeでアーセナルのドキュメンタリー『All or Nothing』を鑑賞して就寝。これは映画じゃないけど。