夜中、パチンと何かを叩く音と大きなベッドの揺れがあり、なんだか騒がしいので、目が覚めた。何事かと思い、気持ち良い夢を妨げられたぼくは、目を開けて眠いながらに夢の続きを考えつつ必死で状況判断をする。すると、両手を肩幅くらいに広げベッドに両膝をつき熱心な宗教家が神に懺悔をするような態勢で上裸の聖子ちゃんが、何かを捕まえようとしている。西洋絵画の聖母のようにふくよかな胸と、お互いを信頼するかのように距離を保つ乳房がきちんと反対を向いている。きちんと反対を向いていることは、現実を意味するような気がした。
「何してるん?」と聞くと「蚊」とgoogle translationでモスキトーと検索して、日本語を発音させた時のような感情を知らない音を出した。彼女の持つ集中力を全て集めて気を研ぎ澄ませているようで、こちらには目もくれず、ぼくがクリスマスプレゼントでもらったSanta&Coleのベッドランプを暗闇の中に点灯させ、必死で蚊を追っかけ回しているのだ。蚊を照らすには明らかに温かみを感じすぎる光の中で蚊を捕まえようとしている姿を見て、寝ぼけながらもつい笑ってしまったが、「蚊」という彼女の口から発せられた酸のように鋭い一音と、弱っている胃の神経にぐんと堪えるほどのソリッドな空気から彼女が干潮を迎える直前の海女のように必死であることは感覚が鈍くなっている寝起きのぼくにも理解できた。
「蚊に刺されるから殺す、もう3匹も殺した」
彼女はコンタクトをしていないせいで目をじっと細め、口内炎で荒れた口の中でレモンジュースが踊ったかのように狂気じみた声で言っている。枕側の白い壁に目をやると、B級ホラー映画の血糊のように(太陽の日差しをたっぷり浴びて育ったスペインのトマトのように)真っ赤な血が飛び散って潰れた蚊が張り付いたままになっている。それを指さして少し笑みを浮かべて「ほら」と言っていたのだが、もしぼくが午後10時に寝て朝7時に起きた時のようにはっきりと目が覚めていたとしても、何が「ほら」なのかわからなかっただろう。彼女の言動もそうだけれど、真っ赤な血が出た潰れたその蚊を壁に張り付けたままにしていることも怖いし、何より彼女自身が薄暗闇の中で上裸なのがもっと怖い。眠いながらに、そんなに刺されるのなら、パジャマでもきたらいいのにと思ったので「とりあえずパジャマ着たら?」というも、ぼくは鉱物にでも語りかけているのだろうかと思うほど、その声は彼女の耳には入らず、寝起きで枯れたぼくの声は、エスプレッソがかけられたアイスクリームのように瞬く間にスーッと暗闇に溶けていった。
ぼくは、生き物を殺せない。もちろん蚊も殺さないから、彼女の行動があまり理解できないので、そのまま寝ようとすると、またボンっと壁を強く叩く音がした。「うるさいんだけど。ぼくはもう寝たいから」と言うと、また「ほら、殺した。血。全部殺さないと寝れない。」と文法という概念を否定するヌーヴェル・ロマンの作家さながらに言葉を解き放っている。
目を閉じる、またぼくの枕元を叩く音がした。それはぼくの存在を認めないように鈍い音を立てた。ぼくはもう何も反応しない、そして何も感じないと心で唱え、全匹殺している間に新しい朝を迎えてしまうのではないだろうか、もしくは彼女の狂気が先に死を迎えてしまうのかなどと眠いながらに考えた。いつものように一緒にコーヒーを飲める朝を無事に迎えることを祈りながらぼくはまた眠りについた。
「蚊に刺されるから殺す、もう3匹も殺した」
彼女はコンタクトをしていないせいで目をじっと細め、口内炎で荒れた口の中でレモンジュースが踊ったかのように狂気じみた声で言っている。枕側の白い壁に目をやると、B級ホラー映画の血糊のように(太陽の日差しをたっぷり浴びて育ったスペインのトマトのように)真っ赤な血が飛び散って潰れた蚊が張り付いたままになっている。それを指さして少し笑みを浮かべて「ほら」と言っていたのだが、もしぼくが午後10時に寝て朝7時に起きた時のようにはっきりと目が覚めていたとしても、何が「ほら」なのかわからなかっただろう。彼女の言動もそうだけれど、真っ赤な血が出た潰れたその蚊を壁に張り付けたままにしていることも怖いし、何より彼女自身が薄暗闇の中で上裸なのがもっと怖い。眠いながらに、そんなに刺されるのなら、パジャマでもきたらいいのにと思ったので「とりあえずパジャマ着たら?」というも、ぼくは鉱物にでも語りかけているのだろうかと思うほど、その声は彼女の耳には入らず、寝起きで枯れたぼくの声は、エスプレッソがかけられたアイスクリームのように瞬く間にスーッと暗闇に溶けていった。
ぼくは、生き物を殺せない。もちろん蚊も殺さないから、彼女の行動があまり理解できないので、そのまま寝ようとすると、またボンっと壁を強く叩く音がした。「うるさいんだけど。ぼくはもう寝たいから」と言うと、また「ほら、殺した。血。全部殺さないと寝れない。」と文法という概念を否定するヌーヴェル・ロマンの作家さながらに言葉を解き放っている。
目を閉じる、またぼくの枕元を叩く音がした。それはぼくの存在を認めないように鈍い音を立てた。ぼくはもう何も反応しない、そして何も感じないと心で唱え、全匹殺している間に新しい朝を迎えてしまうのではないだろうか、もしくは彼女の狂気が先に死を迎えてしまうのかなどと眠いながらに考えた。いつものように一緒にコーヒーを飲める朝を無事に迎えることを祈りながらぼくはまた眠りについた。