2100年の生活学 by JUN IWASAKI : 2022.7.5

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2022.7.5

家に帰ると聖子ちゃんはいなかった。日が暮れて薄暗くなり、不気味に片付いた家の中でStellaだけが動き回っている。いつもなら玄関の階段を登り、扉を開けた瞬間に吠えながら走り寄ってくる(喜んでいるのか、警戒しているのかいまだによくわからないが、きっと後者である)Stellaも今日は尻尾をふって寄ってきた。と、思いきや3秒後くらいに、ぼくがStellaが思っていた人ではなかったということに気付いたようで、突然吠え出した。いつも通り、撫でてやるとキョロキョロしながら次第に落ち着いた。

今朝は、ぼくは5時に目が覚めてしまった。昨晩の大喧嘩をひきづったようなキレの悪い寝起きで、二度寝しようと試みたのだが、うまく行かなかったので、ベッドから出て、顔を洗い歯を磨く。

昨晩の喧嘩は、後味の悪すぎるものだった。お互いがうんざりしていることをお互いにはっきりと言い合い、笑うシーンも幾らかはあったが昨晩は笑いを誘うような言葉を言って終わるといういつもの言い合いとは違い、大喧嘩に発展する。最近、家に帰るとリビングで聖子ちゃんが調べ物や仕事をして、テーブルの上は神や見本帳だらけ、椅子にはパジャマがひっかけられていて、椅子の上には写真集や作品集などが積み上げられていることが多くなっていた。作業の途中だから片付けるのも嫌だということでそのまま食事をするのだが、個人的にはテーブルの片隅で食事をすることに慣れていない。むしろ、食事のテーブルの上に何かがあることさえ苦手である。それは、生まれてこの方ずっと同じ感覚で、例えば料理屋に食事に行って、テーブルの上にメニューが置かれていたり、カトラリーの入った木箱南アが置かれているだけでも嫌である。それにも関わらず、仕事から帰ると、そのテーブルの片隅で食事をするのである。

とにかくぼくは彼女が片付けができないことを言いまくり、ぼくは職場や日常生活でいろいろなことを見てイライラしているので人の悪口をすぐ言ってしまっているので、彼女はそれにうんざりしているということを言ってくる。そして、ぼくは彼女が話を聞かないことに対してまたイライラしてしまう。ぼくは指摘されたことを改善していっている、今年に入って嫌なことがたくさんあったので、かなり意識して指摘されていることを治すようにしている。それも言ってみるが、「自分のためにやってるんじゃないの?」と言われる。そう言われるとそうなので何も言い返せないが、彼女に指摘されたことをぼくが自分もやるべきだなと思ったとはいえ改善していっているということに何も思わないのだろうか。ぼくは、結局そういう日々の作業(ここではそう呼ぶことにするが、)に付随した見返りのような意味を求めているのだろう。

色々と考えるが、寝起きで考えてもキリがないことばかりなので、米を炊き、6時前にStellaと一緒にランニングへ出る。このランニングにさえ、償いの意味を持たせている気がしてくる。別にマラソンに出るわけではないので、長い距離を走る必要はないのだが、罪滅ぼしのような感覚で10kmくらい走ってしまう時もある。それをして喜ぶのは誰か、誰の罪を走ることによって赦しを求めているのだろうか。家に帰って洗濯物を回し、コーヒーを淹れる。起こしても仕方ないと思い、一人分を淹れ、お弁当を作り、出社。京都のケンくんとサクッとコーヒーを飲む。昼過ぎbuikカナさんも銀座に用事があったらしくサクッとオーバカナルでコーヒー。

昨晩、掃除が出来ないといったせいか不気味なほどに片付いた部屋で、違和感と喜びを感じながら、夕食にそばを茹でる。きゅうりと茗荷を細かく刻みまぜそば。ムッとする日でもするっと食べられるが、さらっと食べられるそばにもこの不気味さは拭えない。

Stellaが心配そうな顔で階段からずっとぼくを見てくるので、散歩にも行ってないし食事も済ましていないようなので散歩に出る。1時間くらい。聖子ちゃんは夜遅くまで営業しているカフェで作業でもしてるんじゃないかと思い、見つけたら偶然を装って隣に座ってやろう、駅前のカフェ覗いてみるも、学生たちが黙々と勉強していたり、おもいおもいの時間を潰している。それなら、近くのダイナーでビールとチップスでも食べているかもしれないと思い、行ってみるも仕事終わりのサラリーマンたちが楽しそうに食事をしていただけだった。

もし、このまま聖子ちゃんが帰って来なかったらどうしようか、明日からStellaはお留守番できるだろうか、それにしてもサンダルでどこへ行ったのだろうか、拉致されたのではないだろうか、勢いで京都に帰ったのだろうか、と色々と考えてしまううちに、

「彼女は突然消えた。Stellaと二人の生活が始まり、罪滅ぼしのように街を徘徊する日々が始まる。Stellaもいなくなった。一人になったぼくはまた何かをただいなくなった彼女がそのままの状態で戻って来れるようにと、同じことを繰り返し、Stellaというインングリッシュセッターを飼う。」

みたいな内容の短編でも書くかと思いつくが、思いつくことで出来るだけネガティブにならないように考えていた。が、そんなテーマで書くと悲しすぎる。

明日、ブッククラブがあるので、川端康成『美しい日本の私』を読む。24時になっても聖子ちゃんは帰って来なかったので、諦めて就寝。