2100年の生活学 by JUN IWASAKI : 2022.5.6

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2022.5.6

14時から在廊。nidi galleryオーナー清水さんと話していると、自分が何をしてきてどんな経験をしていたのかがクリアになる。
同じ人といると当たり前すぎて気付けないことや、友人と話しているだけではわからないことまで、色々と興味を持ってもらって(同時にギャラリー側の義務的な部分も含め)質問を受けることによって、自分がやってきたことが、どう今の作品に作用しているのかという気付きがある。
そういう意味では、アーティストとして対談やインタビューなどを受けていると、どんどん自分の特異性とか、経験とか、作家性みたなものが明確になっていくのではないかという感覚にあった。だから作家はどんどん自己を語ることによって自己を形成する気もする。だから濃くなっていくのだろうか。自己をもっと語れ。
これも展示を開催したことによって、生まれた発見というか、気づきである。同時に自分はきちんと意思を持って時間の波で流されないだけの強度のある体験をしていたということでもある。そういう風にポジティブな感覚を味わうことができる精神状態であること、味わせてくれる清水さんの存在に偉大さを感じる。
今日は、カヤさん、マリちゃんなど来てくれる。滅多に会えない人や会わない人が来てくれて近況報告のようなことができるのは良いなと思う。お店をやるでも違うし、その期間、その場所に現れる空間、そのあり方が人を久しぶりに会ってみようかと思わせるのか。
近くのイタリアンカフェで一服し、今後の展望を語る。毎日、こんな風に語るべきだった、パリの時展示の後もなんでかわからないけど20人くらいでカフェでぼくを待ってくれていたし、そのまま話し込んで帰るみたいなこともよくあった。忘れていた出来事が何か違う出来事が引き金になってふと思い出される。いつも在廊日はかなりぐったりしてしまうのだが、今日も例に漏れず、すぐに寝てしまった。