2100年の生活学 by JUN IWASAKI : 2022.5.1

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2022.5.1

朝、聖子ちゃんとStellaの散歩へ行く。聖子ちゃんはあまり歩きたそうにしてなかったのだが、ぼくは、駅前の花屋でブーケを予約していたので、それをピックアップして聖子ちゃんにプレゼントするというミッションがあったので、強引に駅の方まで歩かせる。嫌々ながらも仕方なしに歩いてくれた。こういう強引さは、付き合う前にすごく多かったよなとふと思い出す。あの頃は本当にお金もなかったし、何も持ってなかったけれど、強引に連れ回す術だけは持っていたような青年だった。数日前、少し気分が荒れることがあったので、どんな風にお祝いをすればいいのか困惑していたのだけれど、ブーケを予約しておいて良かった。
今日は、出かけるのでStellaを家の近くのドッグシッターに預け、都立大学のパン屋Toshiへ。聖子ちゃんはジャンボンブール、ぼくはBLTを食べる。いつもジャンボンブールしか食べないから違うものを食べたいなと思ってBLTにしたのだけれど、ジャンボンブールから他の何かへ乗り換える必要もないようだ。新しいものの発見のために何か新しいことをするのではなく、今あるものがいかに優れたものかを確認するためにも何か新しいことをする。そんな体験。聖子ちゃんは死ぬ前に最後に何を食べたいかというとジャンボンブールだそうだ。ハムとチーズのサンドウィッチってやっぱ美味しいよね。その後、代々木のContourへいき、店主の村上さんと話し込む。そこから歩いて塩見パンへ行き、カンパーニュを買う。新宿オペラシティで篠田桃紅展を鑑賞。作品の規模感は、やっぱり行動範囲と比例するのではないかと思ったし、生活空間とも比例する気がした。ぼくの作品なんかは、自分の生活空間のサイズとマッチしている。
夜は、パークハイアットのNY Grillで誕生日のお祝い。二人でいると涙が出るほど笑えることが多い。素敵なことだなと最近つくづく感じている。こうやってパークハイアットを自分たちの大切な場所に変えていく、素敵だよな。人生は、自分たちで自分たちの色をつけたり形付けたり、自由自在に世界を変化させられる。別に橋の下だって、それは色の付け方次第では記憶と共に人生の重要な場所となり得る。誰と何をするか、どう生きるかなんだ。