今日も朝からヨガをしてグラノーラを食べる。昨晩、機嫌悪く寝てしまったこともあり朝から聖子ちゃんとギクシャクする。まあでも大体いつもこういうことが起きてもすぐに収まるので、あまり気にしないようにしている。めちゃくちゃ言い合っても数時間や長くて半日くらいするとお互いにその空気に飽きてくる。時には言い合いしているときにその空気に笑えてしまうことさえある。「あなたのそこに本当に悩んでる」とお互いが相手の嫌な部分を言い合っても、話の中で笑えるくらい変な空気を作ってしまうことがあり、それは本当に悩んでいると言えるのかとさえ自分で自問自答してしまうほどでもある。まあいい関係だしそれを何度も乗り越えてきているのだからそらそうなるよなといった様子。
なんだか、昨日から自分に自信がないというか、これまで自分がやってきたことに対する嫌悪感というか、破壊感というかそういう感情を抱いている。他人と比較することはよくないし、誰かがどうやっているからこうだとか、そういうのはどうでもいい。それ以上に自分のこれまでの積み重ねのなさだとかお世話になった人への敬意や信頼を失うような行為の数々にげんなりしている。なぜそうなってしまうのか自分でも検討がつかないが、正直このままだと何もうまくいきそうにない。やりたいことを素直にすればいいだけなのに、ルールんなんて世の中にないし、もしあったとしてもそのルールに則って進むことが決して正しいとは限らない。自分の直感と経験と少しの信頼できる人の助言を頼りに進んでいくしかないのである。もっともっとお世話になっている人たちに感謝の気持ちをもち、持っているつもりではなく自問し、伝えないと。
夜は、根玉葱を茹でたもの、高菜を焼いたもの、なめこの味噌汁とご飯。めちゃくちゃ幸せを感じる夕食だった。聖子ちゃんがどうしても19時には食事を済ませたいらしいのだが、どう考えてもぼくが19時までに帰るのは不可能なので、もう先に食べてもらうしかない。そういうことがあると聖子ちゃんに待ってもらうか、ぼくが時間を変えるかしかないのだが、こういう小さいことにおいて、やりたいことを妥協せずに優先していくことで、自分たちの生活の形ができていくのではないかと思う。仮にぼくが19時には帰れないので、それでも夕食を聖子ちゃんと食べたいからと、仕事をやめたとする。別にそんなどうでもいいことでなんで仕事をやめなければいけないのだと言われるだろうが、ある人にとってはそれは人生の中でとても大切にしたいことだったり、したいことの上位に来る。それがお金になるとか、名誉になるとか、そういうものではなく、ただそこに喜びがある。そんな感じでぼくはものごとを選択していきたいとずっと思っている。早く寝たいからお店を早く閉める人がいる、それも彼らの人生だし、別にルールなんてない。
Stellaの散歩に行く。今日はすんなり散歩へ出てくれた。細かいことに一喜一憂している場合じゃない。聖子ちゃんはシーザー・ミランの本を読み出した。アンチ シーザー・ミランの学者の本を読んでいるぼくは間に入ってお互いにいい顔をしないといけない気になっている。なんで、会ったこともない本の中にいる人間にまで気を遣うのか。
なんだか、昨日から自分に自信がないというか、これまで自分がやってきたことに対する嫌悪感というか、破壊感というかそういう感情を抱いている。他人と比較することはよくないし、誰かがどうやっているからこうだとか、そういうのはどうでもいい。それ以上に自分のこれまでの積み重ねのなさだとかお世話になった人への敬意や信頼を失うような行為の数々にげんなりしている。なぜそうなってしまうのか自分でも検討がつかないが、正直このままだと何もうまくいきそうにない。やりたいことを素直にすればいいだけなのに、ルールんなんて世の中にないし、もしあったとしてもそのルールに則って進むことが決して正しいとは限らない。自分の直感と経験と少しの信頼できる人の助言を頼りに進んでいくしかないのである。もっともっとお世話になっている人たちに感謝の気持ちをもち、持っているつもりではなく自問し、伝えないと。
夜は、根玉葱を茹でたもの、高菜を焼いたもの、なめこの味噌汁とご飯。めちゃくちゃ幸せを感じる夕食だった。聖子ちゃんがどうしても19時には食事を済ませたいらしいのだが、どう考えてもぼくが19時までに帰るのは不可能なので、もう先に食べてもらうしかない。そういうことがあると聖子ちゃんに待ってもらうか、ぼくが時間を変えるかしかないのだが、こういう小さいことにおいて、やりたいことを妥協せずに優先していくことで、自分たちの生活の形ができていくのではないかと思う。仮にぼくが19時には帰れないので、それでも夕食を聖子ちゃんと食べたいからと、仕事をやめたとする。別にそんなどうでもいいことでなんで仕事をやめなければいけないのだと言われるだろうが、ある人にとってはそれは人生の中でとても大切にしたいことだったり、したいことの上位に来る。それがお金になるとか、名誉になるとか、そういうものではなく、ただそこに喜びがある。そんな感じでぼくはものごとを選択していきたいとずっと思っている。早く寝たいからお店を早く閉める人がいる、それも彼らの人生だし、別にルールなんてない。
Stellaの散歩に行く。今日はすんなり散歩へ出てくれた。細かいことに一喜一憂している場合じゃない。聖子ちゃんはシーザー・ミランの本を読み出した。アンチ シーザー・ミランの学者の本を読んでいるぼくは間に入ってお互いにいい顔をしないといけない気になっている。なんで、会ったこともない本の中にいる人間にまで気を遣うのか。