2100年の生活学 by JUN IWASAKI : 2021.12.30

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2021.12.30

年越しそばを歌舞伎そばで予約していたので昼に受け取りに行く。いつものおばさんが「毎年ありがとうございます」と言ってくれる。一時期に比べるとめちゃくちゃ常連でも無くなったのに、それでもこうやっていつもありがとうと顔と名前を覚えてもらえるだけで自分がここで生活しているという実感が湧いてくるのである。関西だと自分がそこで育ったからか、顔馴染みのお店が多い気がするが、東京ではなかなかそんなお店がない。いや、しゃぶせんに行っても、Aux baccanalesに行っても歌舞伎そばに行ってもとんきに行ってもbuikに行っても、マーガレットハウエルカフェに行ってもAux Bon Vieux Tempsに行っても、みんな意外と声をかけてくれるよなと今書きながら思った。その後、しゃぶせんでも行こうかと思ったけれど、年末でとても混んでいたので梅林でカツ玉を食べる。特に理由はない。
19時9分、東京駅から聖子ちゃんと一緒に新幹線に乗る。久しぶりに乗ったけれど、結局二人とも乗ってすぐに寝ていた。1週間くらいなのに、なんだか別れが妙に恋しかった。最近、本当に二人で生活しているという意識が強くなっているからだろう。それにパートナーという関係からまた違う形である「家族」になるということも少しの別れを恋しくさせる理由の一つだと思う。結婚のような形式貼ったことが本当に必要あるのだろうかと思っていたが、実際に結婚に向けてことを進める中で、心境の変化と進化において結婚という形式の重要性も感じるようになっている。それは、自分の血の繋がっていない人を自分に同化していくような作業でもある。別に相手の名前が変わるから心境に変化があるのではなく、自分の中で結婚という決断をしてから、婚約指輪を探すこと、彼女にそれを告げること、自分の両親に伝えること、相手の両親に挨拶に行くこと、自分の両親と相手の両親とみんなで会うこと、指輪を選ぶこと、食事に行くこと、友人たちに伝えること、家族に祝われること、結婚式の取り決めを行うこと、そんな風に一つの決断がどんどんと物事を進めてくれるし、進まざるを得ないのである。自分の決断一つ一つが心境を変化させるし、時にはとてもめんどくさいこともあるのだけれど、それも自分自身で解決していくことによって自分自身を進化させる必要があるのである。人間はそうやって未知のものに遭遇し成長を重ねてきたのだ。もちろんこれはぼくの視点での意見であり、彼女には彼女なりの名前を失うということに付随する育った家族から離れるといったようなことや、ぼくの想像を絶するような大変な感情が渦巻いているに違いない。

実家に帰ると父親から痩せすぎと言われ、自分の体調が心配になる。確かに少しスッキリしたとも思うし、体調は優れないのが事実なのだ。怠い感覚がもう数ヶ月も続いているし、神経痛のような胸や脇下の痛みもずっとある。そういう時に、家族の強い損得勘定のない言葉は安心感と同時に恐怖を与える。
お風呂に浸かり早めに就寝。ここ最近、よく実家に帰ってきているので部屋がきれいに保たれていて快適に過ごせるようになってきた。あまりくしゃみも出なくなったように思う。やっぱりタバコだけは苦手だ。