昼、同僚の中島と築地外周にあるきつねやへ。今日は珍しく驚くほど混んでいた。ここのホルモン丼やっぱりうまい。
コロナにはみんな辛い思いをしているだろうが、そんな中で少しでも良い部分を見つけたりしなければぼくたちはこの先何を頼りに生きていくことができよう。ぼくのコロナ禍での発見の一つは、銀座から15分歩くと美味しいものがたくさんあるということ。そして、大体銀座に比べると空いているので料理が出てくるのも早いし、それから良い散歩にもなる。
多分、コロナ禍でなければ混んでいても銀座でランチを食べにお店に行っていただろうし、それなりの満足感もしくは満腹感だけを求めて近場で過ごしていた。それから、何か食べたければ仕事終わりにどこかで食事をしていただろう。それによってこれほど銀座でのランチに関して考えることもなかった。大体いつも同じものを食べ、同じように1時間を過ごしていた。電車に一駅乗っても5分でお店に到着できるということも新しい発見だろう。なぜか銀座で食事をしないといけないという固定概念があった。ふとしたタイミングで訪れる固定概念からの解放は人間の喜びの一つである。もう大人であるし、ここは学校ではない。それに人間なのだから、別に何をしてもいいのである。別に家に帰ってご飯食べる人もいるだろうし、公園で寝て過ごす人もいるだろう。友達と会う人もいるし、銀行へ行く人もいる。別に最低限のルールがあって、仕事に支障が出なければ、自由なのだ。
きつねやは、今海外旅行ができない労働者階級がアジアへ行った気分になれる場所でもある。銀座にあんなお店があればぼくは日本という国がもっと好きになるだろう。街ごとに格差が出来ている。文化が交差していない場所を街と呼ぶべきだろうか。
19時すぎ家に帰り、本当は昼のお弁当で持って行っていたレバーと白米を使ってチャーハンとなめこ汁。
お風呂に浸かる。
マイク・ニコルズ監督、ダスティン・ホフマン主演『卒業』を観ながら就寝。今日は映画を観ながら寝てしまった。ダスティン・ホフマンって表情に独特の味わいがあっていいな。
お昼ご飯、理想を言うならば、やっぱり家でご飯を食べたいよなと思う。温かいシンプルなリゾットだとか、もりもりのただのフレッシュなサラダだとか、ご飯に味噌汁納豆だとか、弁当や外食にはない魅力があるのだ。同時に弁当には弁当なりの楽しみがある。
もうぼくの会社では在宅勤務なんてものは存在しない、いや元々存在しなかったのかもしれない。あの頃は、よかった。いや、あの頃なんてなかったのかもしれない。
コロナにはみんな辛い思いをしているだろうが、そんな中で少しでも良い部分を見つけたりしなければぼくたちはこの先何を頼りに生きていくことができよう。ぼくのコロナ禍での発見の一つは、銀座から15分歩くと美味しいものがたくさんあるということ。そして、大体銀座に比べると空いているので料理が出てくるのも早いし、それから良い散歩にもなる。
多分、コロナ禍でなければ混んでいても銀座でランチを食べにお店に行っていただろうし、それなりの満足感もしくは満腹感だけを求めて近場で過ごしていた。それから、何か食べたければ仕事終わりにどこかで食事をしていただろう。それによってこれほど銀座でのランチに関して考えることもなかった。大体いつも同じものを食べ、同じように1時間を過ごしていた。電車に一駅乗っても5分でお店に到着できるということも新しい発見だろう。なぜか銀座で食事をしないといけないという固定概念があった。ふとしたタイミングで訪れる固定概念からの解放は人間の喜びの一つである。もう大人であるし、ここは学校ではない。それに人間なのだから、別に何をしてもいいのである。別に家に帰ってご飯食べる人もいるだろうし、公園で寝て過ごす人もいるだろう。友達と会う人もいるし、銀行へ行く人もいる。別に最低限のルールがあって、仕事に支障が出なければ、自由なのだ。
きつねやは、今海外旅行ができない労働者階級がアジアへ行った気分になれる場所でもある。銀座にあんなお店があればぼくは日本という国がもっと好きになるだろう。街ごとに格差が出来ている。文化が交差していない場所を街と呼ぶべきだろうか。
19時すぎ家に帰り、本当は昼のお弁当で持って行っていたレバーと白米を使ってチャーハンとなめこ汁。
お風呂に浸かる。
マイク・ニコルズ監督、ダスティン・ホフマン主演『卒業』を観ながら就寝。今日は映画を観ながら寝てしまった。ダスティン・ホフマンって表情に独特の味わいがあっていいな。
お昼ご飯、理想を言うならば、やっぱり家でご飯を食べたいよなと思う。温かいシンプルなリゾットだとか、もりもりのただのフレッシュなサラダだとか、ご飯に味噌汁納豆だとか、弁当や外食にはない魅力があるのだ。同時に弁当には弁当なりの楽しみがある。
もうぼくの会社では在宅勤務なんてものは存在しない、いや元々存在しなかったのかもしれない。あの頃は、よかった。いや、あの頃なんてなかったのかもしれない。