2100年の生活学 by JUN IWASAKI : 2021.7.25

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2021.7.25

昼過ぎから聖子ちゃんとビバホーム豊洲へ行く。豊洲は道が広くて都会の雰囲気を感じる。都会とは何か、人の多さなのかとも思う同様にこういう無機質な感情的ではない風景に海の香りのする場所がぼくたちの中では都会っぽさでもあるようだ。海に近いからか青が濃く明るい気がする。シドニーなどと同じような雰囲気。豊洲は、ぼくも聖子ちゃんも好きな街である。住みたいかという話はまた別である。ちょっと住みたいとも思う。
Illyのカフェでアフォガート。犬を眺める。作られた家庭像で生活しているような人々が多く、不思議な光景が広がっていた。その先には選手村があった。
帰宅後、オリンピックサッカー男子U-24日本vs U-24メキシコを観戦。やっぱりスポーツは、観客が現場で応援しているのがあるべき姿だと思う。2-1で勝利。勝ってよかった。
ぼく自身、オリンピックを全く否定する訳ではないが開催に対して若干懐疑的だったのにもかかわらずサッカーだけは楽しみにして観戦しているという矛盾を抱えている。一貫しているのは、開催の可否を決めるのは責任者かもしれないが、協議をする当人たちの意思が中心に物事が考えられるべきでもあると思っていることだ。そして、それに付随してアマチュアスポーツを継続するためにどうお金が捻出できるのか、などという風に物事は考えられるべきではないだろうか。側や構造だけを作って「はいどうぞ」という手法はぼくは好きではない。容易に実体のないものへとなってしまうのだ。開催国とはいえ、国や文化を作っているのはぼくら個々人なのだ。ぼくたち国民としては開催国の意思を持つことがまず大切なのである。