2100年の生活学 by JUN IWASAKI : 2020.4.16

Translate

2020.4.16

今日はDSMの仕事は休みではあるが、BIBLIOTHECA E-SHOPの件で少し急ぎでするべき仕事があったので、午前中に作業をする。仕事なのか、休みなのかはっきりと区別しないと毎日仕事ができてしまう状況に困惑気味であるが、自分のしている仕事に責任はある。仕方ないことである。自分で区別をするしかない、強い態度表明をすること、仕事の時はしっかりと仕事をする、業務を全うすること、ミスなく仕事の時間内に仕事を終わらせること、予測して準備しておくこと、それらが大切である。作業がひと段落すると、なぜかwifiが使えなくなった。イライラするので、光回線のwifiを契約しようと調べるも、いいものが見つからず。価格.comに電話をする。みんな同じ考えのようで、混雑しているので、折り返しますという返事が来た。免許の更新期限が迫っているのだがCOVID-19の影響で、警視庁が免許の延長を提案している。郵便で申請出来るということであったが、ぼくの免許証の住所が京都のままだったので、郵送では出来ないと言われる。まず、免許証上の住所変更の手続きが必要で、その後、延長の申請をすることになる。玉川警察に電話すると、住民票があればすぐに住所変更可能だということで、お昼ご飯に昨日の残り物のタイカレーをサクッと食らい、区役所の出張所へ行き、住民票を受け取る。少し混んでいたが、役場の人たちは大変だ。ストレスフルな中で働いている。向かいにある家電量販店コジマもオープンしており、不思議な気分になる。プリンターの用紙が必要なのでサクッと覗く。目的を頭の中で再確認。延長コードも売っていた。玉川警察までランニングし、住所変更手続きを行う。免許の期間を10月まで延長することが出来た。警察署の人たちも忙しそうに働いており、こんな大変な時期に感謝の気持ちしかない。自分の怠惰で、ギリギリになってしまったのにこれをいとも簡単に解決してくれる人たち。インターネットの契約も、免許の更新もだが、自分の生活力のなさを露呈しているようで悲しい気持ちになる。料理が作れて、掃除が出来て、日々を楽しく生活することができても、書類関係や、煩わしいことから逃れているようでは現代人として生きていけない。今の社会を肯定も否定もすることはないが、何事もいとも簡単に飄々とやってのけることが大切である。帰り道、ランニングをし、NTSでcry laterのミックスを聴く。最高だった。ビルウィーザースの「Just the Two of Us」(邦題:『クリスタルの恋人たち』)が流れる前に、一人の知人?の名前を名乗っていて、あなたに捧げるというようなことを言っていた。走りながらなので曖昧だったが、すごくロマンチックだと思ったし、ぼくも社会的に存在価値の高い人間になり、常に自己犠牲の精神を持ち、エゴを出さない人間というイメージを持っていながら、その大切な日だけは、公共の電波で妻に結婚何周年の感謝の気持ちとそれに合う音楽を届けたい。そんなかっこいいことができるだろうか。公共の場は誰かの個人的エゴで使われるべきではない。そんな場所でエゴが許されるのは、そういう素敵な使い方だけなのである。コジマに再度立ち寄り、プリンターの用紙と延長コードを購入。家に帰り、速攻でシャワーを浴びる、全てを洗い流す。ミントティーを入れ、ケーキを食べながら聖子ちゃんから送られてきていたクラリス・リスペクターのagua vivaをpdfで読む。今製作中のブックのタイトルはこの本からインスピレーションを受けているので必読だよと送られてきた。彼女は、どんどん英語で文章を読んでいるのに、ぼくは全く読んでいない。夕方から音楽をきかず、静かな街と曇り空の夕方を楽しみながらデスクトップのモニターでpdfを読む。その瞬間こそ、ぼくが憧れ続けていた、求めていた時間だったのではないかと思わされた。聖子ちゃんはこうやって日々を過ごしているのかと思うと羨ましくて仕方がない。インターネットに頼らず、暇を潰すわけでもなく、感情が膨らむ余白を残すような生き方。きっと村上春樹氏もそうだろうし、メルボルンで出会った頃のエミさんもそんな風に過ごしていたのではないか。劇的な夕日が見えれるわけではないが、それこそがぼくが求めていたものであり、わかりやすい夕方の赤富士山とか、空の色の変化ではない。それももちろん素敵であるが、そうではなく今日のように部屋の温度と、青色がどんどんと変化する、無音の中に溶けてしまいそうな時間をぼくは求めていたのだ。俗っぽさが身体から抜けていくような感覚に陥る。音がないことは音があることと同様なのである、そう感じるようだ。静かな音は、クラシックなどというわけではなく、音楽をかけないということでもある。感覚麻痺に陥り、コップを口につける前に傾けてしまい、ミントティーをコムデギャルソンのニットにこぼしてしまう。真っ暗になったので、夕食を作る。数日前に煮込んだレンティル、茄子をさっと炒めペコリーノチーズと絡めたもの、ゆで卵、シンプルにオリーブオイルとペコリーノで和えたパスタ、ブリーチーズ、ブリコラージュのカンパーニュ。NTSでDO YOU BREAKFAST SHOWを聴く。最近、ホストのチャーリーさんが家の部屋からラジオを放送していて、それがまた楽しい。電話で色々なゲストと話しながら毎日のようにラジオをしている。日本時間の17時から20時なので、ちょうど料理をしながら聴くのにちょうどいいのだ。その後、プリンターの調子をみたり、新しい紙を使って写真印刷をしてみたり、パスカル『パンセ』を読み進める。最近、寝起きに1時間読書することを心がけているが、かなり気持ちもすっきりとする。早起きしているので、いや、早起きしてしまっているので、時間がある。健全な魂は健全な身体に宿るらしい。今日で、非常事態宣言が発令されて、9日目となったが、少し感覚的にも自分の本来の感覚に正されているようだ。仕事のリズムではなく、あくまで自分のリズムで生きる。その中に仕事や遊び、などいろいろなこそを嵌め込むような感覚。プレイリストの反響があって嬉しい。みんな何か、刺激や今の生活との変化を求めているのである。音の変化はその場所を180℃違うものにしてくれると思う。一つの白い箱で流れる音楽が違うだけで、その場所は全く違う場所となる。そういうことなのだ。他に何ができるだろうか。23時には就寝。