2100年の生活学 by JUN IWASAKI : 2017.3.10

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2017.3.10

金曜日。
615分からHuckleberry
友人のReubenから今夜のDJは中止だという連絡が入る。しかし、25日に6時間DJをしてくれと言われた。と同時にショップを出さないかと言われる。どのようなお店が出来るのかはわからないけれど、やれるだけのことはやってみようと思う。
日曜日、用事がある同僚の代わりにHuckleberryで働くことになった。しかも、他のショップで。
日曜日は、土曜日の撮影が行われれば忙しいので、働けないと思っていたが、残念なことに土曜日の撮影がなくなったので、日曜日の予定も必然的になし、ということだ。
まあ、ということで、仕事中に車でParnellのショップに行く。
こういう突然の出来事は楽しいし、仕事中にこうやって移動することがぼくは、とても好きである。以前、東京で働いていた際にも、近くにある他店へ荷物を届けたり、というような出来事に喜びを覚えていたことを思い出した。
渋滞に巻き込まれながらも、到着。しかし、鍵がない、再度明日来てくれと言われる。こういう計画されていないことをぼくは、すごく嫌いだ。準備してあるから来い、と言われても、実際のところ全く準備されておらず、しかも他人事である。
ニュージーランドの人々はすごく田舎の感覚があるなあと思っている。
それは、いいか悪いかではなく、単純に田舎的だということだ。

例えば、話し方しかり、人の自慢げなところといい、仲間内で楽しむところといい、なんだか、色々言葉にできないことも多いがそう感じているのである。
ぼくも自然とそのような雰囲気になっていかないか心配である。ぼくは、田舎的なものにそそられないので、少し否定的な言い方をしてしまうのであるが。

夜は、イレイザーヘッドを再度見る。デイビッドリンチ氏の脳内はどうなっているのであろうか。かなり興味深い。

もうNZで友達が増えるきがしない。もっともっと自分のクリエイションにフォーカスを当てて進めないと物事は進まないのである。
あと、1週間で28歳である。

それから、あと6ヶ月でぼくのビザは切れる。その時、どうなっているのだろうか。非常に楽しみだ。