2100年の生活学 by JUN IWASAKI : 2017.2.10

Translate

2017.2.10

金曜日は、朝からHuckleberry
特に忙しいわけではないが、とにかくやることが多い。
スーパーのレジ打ちという仕事はいつかなくなるのかもしれないなあと思いながら、いつも働いているわけだ。今日もまた、そう思わされる出来事があった。
ディレクターが来て、マネジャーとミーティング。オープンニングとクロージングのスタッフを各1人ずつにするというのである。これまでは2人でオープンニングとクロージングをしていたが、必要ないという判断のようである。
しかし、どうだろうか。セキュリティの面を考えても、売上をこれかr伸ばそうか、という風に考えてもあまり正しい策ではないように思う。
セキュリティ面でいうと、朝一番で、経理をし、レジにお金を入れる。その時にコーヒーのオーダーもはいれば、ラッシュで買い物に来る人もいる。朝というのはみんな慌ただしいである。
それから、一人で夜の8時に店を閉めるというのは、少し危険だと思う。大概、男女ペアで、やっているのであるが、男一人だとしても、単純に数で来られれば、危険なわけで、問題が起きるのは時間の問題だと思う。
全ては経費削減という名の下、オフィスが決めいているのである。僕は、そんな思考がとにかく嫌いだし、見合った意見を出す人は皆無である。
現場で起きていることに、現場にいない人々が指示をし、それらを鵜呑みに指示通り行動する。
これはどんな場所にでも起き得る話であって、国のあり方だって、チームのあり方だって、
本当にその考え方は正しいのか、一方的な思考ではないかと色々と思考を巡らせ、とにきは実際に経験して、肌で考え、その先に正しい結論があるのである。
プロセスは、重要だ。プロセスが長いのは仕方がないのである、誰も早く結果を出せなど言わないのだ。僕たちが勝手に急いでいるだけかもしれない。
帰宅し、David Bengeからまたいい話を頂く。来週のメルボルン出発の前日に撮影。
非常に楽しみである。
夜は、散歩し、街のリサーチ。夜のデイリーの撮影はいいかもしれない。
忘れ去られているもの、忘れられようとしているものを撮影したい。これから、デイリーはなくなるかもしれないし、車もきっと空を飛ぶだろう。一面の青空ではなくなるかもしれないし、そうなれば車もシェイプを変えるだろう。
思考の幅が広がる感覚を僕は伝えたいのだ。そうやって忘れてはいけないものを忘れないように、それから新しい発見があればいいと思っている。